恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 12 話

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 結局、閉じ込められた部屋で一晩ひとばん過ごした恭介は、壁に背中を預けて項垂うなだれていた。
(いったい、どうなってるんだ……。ちゃんと通行証もあるのに、なんで幽閉ゆうへいされるんだよ……)
 それなりに覚悟を決めて踏み込んだ矢先やさき落胆らくたんせざる負えない状況だ。
(シリルくん……、ゼニスさん……)
 窓がひとつもない部屋につき、恭介はずっと目をつむっていた。すると、脳裏に浮かんだのは、道中を案内してくれた人たちの顔だった。

 シリルとゼニスは、恭介を城まで送り届けた晩は城下町の宿で過ごし、翌日の昼には黒い物体を避けながら林道を抜け、午後には監視塔へ戻っていた。ふたりは恭介の歩幅ほはばに合わせて進行していたが、実際はもっと速く移動することができたのだ。
「じゃあね、ゼニス。」
 シリルは獣人族領へ帰還するため、ゼニスはひざまずき、丁寧な言葉で結びの挨拶をする。 
「ご清栄のよし何よりと存じ上げます。またごぶさたばかり致しますが、お許しくださいませ。我が主君きみにあらず、我が麗人れいじん、リシルド=ディアラ=ガーデンハーツ獣王子おうじ。」
 ふたりのあいだには、重大な約束事やくそくごとが成立している。また、シリルは完全成体期に出産を経験することになる。ゼニスとの荒れ地こうや秘事ひめごとおおやけの事実となるが、それはまだ、しばらく先の物語はなしであった。

 ただいま幽閉中の恭介は、小さなさくつきの扉の前へ立ち、声をふりしぼった。
「おーい、誰かいないのかぁ!? 腹が減ったし、トイレにも行きたいぞ~。そろそろ出してくれよ~。オレは人畜無害じんちくむがいだぞ~。」
 正直、気力はえていたが、やはり腹は減る。何度も「おーい」と呼びかけてみたが、近くに人の気配はない。いくらか自暴自棄ヤケクソになって扉を蹴りつけると、カサッと、腰の帯から音がした。恭介は「なんだ?」と云いながら、それ、、を引き抜いた。
「これは……、性の観照テオーリアか、」
 シリルの仕業しわざで、古書こしょの切り抜きが挿し込まれていた。小さく折りたたまれていたのでひろげると、成人男性と“成獣”が口づけをわす絵図だった。どちらも裸身はだかにつき、男であることがわかる。ただし、成獣のオスには乳房がえがかれていた。つまり、両性具有であり、発情している。切り抜きを見つめるうち、絵の中のふたりがシリルとゼニスの姿におきかわってゆく。
(なんか、お似合いだったよな。あのふたり……)
 恭介はシリルへの好意を自覚していたが、今となっては封印することにした。異世界に飛ばされて早々、恋をするハメになるとは思わなかったが、彼らとの交流は、生涯忘れることはないだろう。

 進展しんてんがあったのは、半日以上が経過してからだった。ガチャガチャッと鍵を開ける音がして、扉から顔をのぞかせた人物は奉職者のザイールである。
「ご無事ですか、イシカワさま!」
「あ、ああ、大丈夫だ。うん? 恭介でいいよ。」
「え? は、はい、わかりました。それではキョースケさま、お出になってください。」
「どうしてザイールくんがここに?」
「そ、それは、ですね。……その、」
 予想外の登場につき、なんの考えもなしに訊ねたが、当の本人は顔をそむけ、まばたきをくり返す。あろうことか、ザイールが通行証に押した印判は、私奴やっこである。コスモポリテスでは非自由民という制度があり、私奴とは城で一生いっしょう下働きとして扱われる身分だった。とんでもない過失かしつに気づいたザイールは、大急ぎで恭介の元へ向かった。
「ザイール?」
 つい呼び捨てたが、相手は年下だしまぁいいかと思い、恭介は部屋から出た。ようやく解放されたので、まずはトイレを探すことにした。目の前の長い廊下を進むと、曲がり角の先にそれらしき扉を発見し、腕を伸ばす。壁際に小便器がふたつ並んでいた。きちんと個室も完備されている。あとからついてきたザイールは、用を足すつもりはないらしい。恭介の膀胱ぼうこうはすでに飽和状態につき、とにかく排泄を優先し、股の布をめくった。すると、脇からザイールにのぞき込まれ、放尿する瞬間をばっちり見られた。気まずくなる恭介に、ザイールは神妙な顔で告げる。

「なんとも立派です、キョースケさま。……よいでしょう。きょうから、わたしと共に暮らしましょう。こちらの手違いで下働きなんてさせられません。責任をもって、お世話をしますので、どうかご安心ください。」

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