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第 11 話
しおりを挟むザイールの目の高さは恭介と同じだが、全体的に華奢な人影につき、小柄に見えた。案内された応接室には机と椅子と小さな棚があるだけで、閉鎖的な空間だった。棚の抽斗から1枚の紙を取りだすと、机の上に置く。恭介はふだんの職柄もあり、書類の扱いには慣れていた。署名が必要なのだろうと思い、帯の中へしまっていた万年筆を抜き取ると、正面に腰かけたザイールから目を見張られた。
「それは、なんです?」
「うん? キミも知らないのか……、」
よく見るとザイールの顔立ちは若いので、くだけた口調で話す。万年筆を見るなり、シリルと同じく、ふしぎそうな顔をした。印刷技術は現代と変わらないほど高いわりに、筆記用具は鳥の羽根ペンにインクをつけるという古風なもので、万年筆は存在しないらしい。
「こちらの欄に、お名前を記入してください。」
云われて視線を落とすと、書類の文字はなぜか筆記体につき、ここは地球の裏側ではないかと感じてしまう。
(日本語が常用語だしな。違和感はあるけど……)
名前を記入すると、ザイールは印判を押して返す。椅子から立ちあがる瞬間、頭部の布がひらりと肩へ落ち、青年の容貌が露になった。長めの髪は双瞳と同じく濃灰色で、首のうしろで1本に束ねている。大きな丸眼鏡が邪魔をしていたが、その素顔は、なかなかの美形であることが判明した。
「それでは、この通行証を門衛の方にお見せください。そのあとは、城内の役人へ事情をお伝えください。見たところ、あなたは武器を所持していませんから、生活保護が目的でしょうか。」
その通りにつき頷くと、ザイールは「先程は失礼しました」と、ひとこと詫びた。第一印象こそ融通の利かない男だと思えたが、案に相違して、素直な性格の持ち主だ。
礼拝堂へ戻ると、いきなりシリルに抱きつかれた。
「キョースケ、おかえりなさい!」
「た、ただいま?」
ザイールはコホンッと咳払いをすると、ゼニスのほうへ視線を向けた。腰の剣が気に入らないようすで、眉をひそめる。ゼニスは場違いである旨を承知して、足速に立ち去った。建物の外はすっかり暗くなっており、ついに決別のときが訪ずれた。
「おれたちは城には入れん。おまえとは、ここまでだ。」
「キョースケ、元気でね。」
聞きたくない言葉を耳にしたが、恭介は無理やり笑うことにした。
「ふたりとも、本当に感謝してる。この恩は忘れないからな。」
「おん?」
「ありがたいと云う意味だ。」
シリルが首を傾げると、ゼニスが付け加えた。彼らは獣人族と傭兵であり、恭介とは身分も立場もちがう。ずっと一緒にいることは、最初から不可能に近い。頭で理解しても、やはり、寂寥感に捉われた。
「ふたりとも、また会えるよな?」
聞かずにはいられなかったので念をおすと、シリルは「きっとね」と、やや曖昧な返事をした。傍らのゼニスも「生きていればな」と云う。
(ダメだ、泣くな、オレ……。みっともねぇから、がまんしろ……)
再会を誓い合うほど親しい間柄ではないが、コスモポリテス城を前にして背を向けるシリルとゼニスに、いつまでも手を振って別れを惜しんだ。元いた世界のように、電波で声を届けることはできない。モニター越しに顔を見ることもできない。なにより、連絡手段を持たない恭介は、いつの日か、彼らとの再会を期待して踵をかえした。きょうから城が、自分の戦場となる。生き抜くためにも、前へ進まなければならない。恭介は瞼をとじて深呼吸をした。
「よし、行くか。」
石造の階段をのぼり、中年ふぜいの門衛に通行証を提示する。神殿の印判を確認した門衛だが、恭介の顔をジロジロながめた後、しばらく待つようにと云う。
(なんだよ、何か問題でもあるのかよ?)
(なんだよ、何か問題でもあるのかよ!!)
頭の中で、そう反復する恭介は、門衛に呼び出されたふたりの大男に両腕を捕まれ、引きずるように連行された。長い廊下の突き当たりまでくると、狭い部屋に閉じ込められてしまう。ガキンッと、扉に鍵を掛ける音がした。
「おいっ、待ってくれ! オレは、あやしい者じゃないぞ!」
不吉な予感がして叫ぶが、応える気配はなかった。
* * * * * *
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