10 / 364
第 9 話
しおりを挟む宿屋で、料理にありつけたことに涙がでそうになった恭介は、誰よりも先に箸を手にした。サファ草とアーテネ豆のサラダ、げんし肉のスープ、木の実の焼きたてパン、ブドウ味の炭酸水などが円卓に並ぶ。
ゼニスが予約した部屋には寝台が4床もあり、水道や下水溝も備わっていた。旅の途中とは思えないほど広々とした空間である。シリルは獣王子につき、簡素な部屋に泊まらせるわけにはいかないらしい(恭介はその事実を知らない)。さらに、3人分の食事を注文するゼニスの懐具合が気になったが、恭介は何よりもまず、腹拵えを優先した。
そして、満腹になった暁には、ようやく睡魔に襲われる。シリルとの約束はきちんと憶えていたが、寝台の上で熟睡した。
(すまん、シルリくん……。エロ本なら、ひとりで読んでくれ……。ああ、でも、ちょっと興味があるから、あとでこっそり見せて欲しいかも……)
ぐっすり眠ってしまう恭介をよそに、シリルはトカゲの丸焼きを手掴みで頭からガブッと食べながら、窓際の長椅子へ寝転がった。
「キョースケってば、疲れてたのかな。もう寝ちゃったよ。」
ゼニスは腰の剣を壁に立てかけると、シリルが円卓に放置してある“性の観照”に目をとめた。市場で購入した古書には、人間と獣人の営みについて詳しく記述されている。
「……ところで、シリル。調子はどうなんだ。」
「調子って、なんの、」
「おまえは発情したからな。」
「ぼくが、いつ?」
「今朝早くだ。」
「そうなんだ、知らなかった。」
上体を起こして下半身を確認するシリルを、ゼニスは愛おしそうに見つめた。女体化といえど、青年の男性器が変形するわけではない。カラダの深部にある受精器官がひらかれるだけで、その際に(相手の興奮を煽るため)胸部が数センチほど膨張するくらいだ。
また、シリルは前発情期の発達段階へ差しかかったばかりである。この時期に発するフェロモンは強烈で、有益な雄の注意(好意や関心)を自分へと向けさせる効果を持っていた。そうして、よりふさわしい相手を選び抜き、成獣となってから交接し、確実に有能な子孫を残す。
シリルは獣人の王子でありながら性教育に乏しく、両性具有であるカラダを他人事のように捉えているフシがあった。本来ならば、細心の注意が必要な最中にあって、無防備な言動が目立つ。とはいえ、誘惑に負けてうっかり手をだせば、人間のほうが危険である。昼間の恭介は、獣人族の本性を知らないため、むやみに騒いでいた。
ゼニスとシリルの出会いは、数年ほど前の荒れ地の戦場だった。ふたりの関係は種族を超え、今でも交流は続いている。
翌朝、寝台の上で目醒めた恭介は「ぎゃーっ!!」と叫んだ。素っ裸のシリルが自分のカラダに寄り添って眠っている。
「なっ、なんでだよ!?」
部屋には4床も寝台があるというのに、なぜかシリルにもぐり込まれていた。あわてて寝台を抜けでると、どこかへ出ていたらしいゼニスが戻ってきた。たじろぐ恭介とカラダを丸めて眠る全裸のシリルを交互に見、
「きょうの夕刻には城へ着くだろう。せいぜい、愉しんでおけ。」
などと云う。恭介は頭が混乱した。
(おい、ちょっと待て。愉しむって何をだよ……?)
ゼニスに茶化された気もするが、恭介は水道で顔を洗い、出発の準備を整えた。いよいよ、目的地のコスモポリテス城にお目にかかれると知り、いくらか緊張した。
「シリルくん、起きろ。」
部屋に朝食が運ばれてきたので、恭介はシリルの肩を揺り動かした。眼をこすりながら起きあがったシリルは、「おはよぅ」とつぶやく。恭介は「おはよう」と返して、彼らとの旅の終わりを意識した。
(城まで着いたら、シリルくんとオレはどうなるんだろう……。このまま一緒には、いられないンだろうな……)
人間は、出会いと別れをくり返す生きものである。だが、募る思いは偽るところをしらない。
* * * * * *
2
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる