恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 9 話

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 宿屋やどで、料理にありつけたことに涙がでそうになった恭介は、誰よりも先にはしを手にした。サファ草とアーテネ豆のサラダ、げんし肉のスープ、木の実の焼きたてパン、ブドウ味の炭酸水などが円卓テーブルに並ぶ。
 ゼニスが予約した部屋には寝台ベッドが4床もあり、水道や下水溝トイレそなわっていた。旅の途中とは思えないほど広々とした空間である。シリルは獣王子おうじにつき、簡素かんそな部屋に泊まらせるわけにはいかないらしい(恭介はその事実を知らない)。さらに、3人分の食事を注文オーダーするゼニスのふところ具合が気になったが、恭介は何よりもまず、腹拵はらごしらえを優先した。

 そして、満腹まんぷくになったあかつきには、ようやく睡魔に襲われる。シリルとの約束はきちんとおぼえていたが、寝台の上で熟睡した。
(すまん、シルリくん……。エロ本なら、ひとりで読んでくれ……。ああ、でも、ちょっと興味があるから、あとでこっそり見せて欲しいかも……)
 ぐっすり眠ってしまう恭介をよそに、シリルはトカゲの丸焼きを手掴てづかみで頭からガブッと食べながら、窓際まどぎわ長椅子ソファ寝転ねころがった。
「キョースケってば、疲れてたのかな。もう寝ちゃったよ。」
 ゼニスは腰のつるぎを壁に立てかけると、シリルが円卓に放置してある“性の観照テオーリア”に目をとめた。市場で購入した古書それには、人間と獣人けひといとなみについて詳しく記述きるされている。

「……ところで、シリル。調子はどうなんだ。」 
「調子って、なんの、」
「おまえは発情したからな。」
「ぼくが、いつ?」
今朝けさ早くだ。」
「そうなんだ、知らなかった。」
 
 上体を起こして下半身を確認するシリルを、ゼニスはいとおしそうに見つめた。女体化といえど、青年の男性器が変形するわけではない。カラダの深部にある受精器官がひらかれるだけで、そのさいに(相手の興奮をあおるため)胸部が数センチほど膨張するくらいだ。
 また、シリルは前発情期の発達段階へ差しかかったばかりである。この時期に発するフェロモンは強烈きょうれつで、有益なオスの注意(好意や関心)を自分へと向けさせる効果を持っていた。そうして、よりふさわしい相手を選び抜き、成獣となってから交接こうせつし、確実に有能な子孫を残す。
 シリルは獣人けひとの王子でありながら性教育にとぼしく、両性具有であるカラダを他人事たにんごとのようにとらえているフシがあった。本来ならば、細心の注意が必要な最中さなかにあって、無防備な言動が目立つ。とはいえ、誘惑に負けてうっかり手をだせば、人間のほうが危険である。昼間の恭介は、獣人族の本性ほんしょうを知らないため、むやみにさわいでいた。
 ゼニスとシリルの出会いは、数年ほど前の荒れ地こうや戦場せんじょうだった。ふたりの関係は種族を超え、今でも交流は続いている。

 
 翌朝よくあさ寝台ベッドの上で目醒めた恭介は「ぎゃーっ!!」と叫んだ。ぱだかのシリルが自分のカラダに寄り添って眠っている。
「なっ、なんでだよ!?」
 部屋には4床も寝台があるというのに、なぜかシリルにもぐり込まれていた。あわてて寝台を抜けでると、どこかへ出ていたらしいゼニスが戻ってきた。たじろぐ恭介とカラダを丸めて眠る全裸ぜんらのシリルを交互に見、
「きょうの夕刻には城へ着くだろう。せいぜい、たのしんでおけ。」
 などと云う。恭介は頭が混乱した。
(おい、ちょっと待て。愉しむって何をだよ……?)
 ゼニスに茶化ちゃかされた気もするが、恭介は水道で顔を洗い、出発の準備をととのえた。いよいよ、目的地のコスモポリテス城にお目にかかれると知り、いくらか緊張した。

「シリルくん、起きろ。」
 
 部屋に朝食が運ばれてきたので、恭介はシリルの肩を揺り動かした。眼をこすりながら起きあがったシリルは、「おはよぅ」とつぶやく。恭介は「おはよう」と返して、彼らとの旅の終わりを意識した。
(城まで着いたら、シリルくんとオレはどうなるんだろう……。このまま一緒には、いられないンだろうな……)
 人間ひとは、出会いと別れをくり返す生きものである。だが、つのる思いはいつわるところをしらない。

       * * * * * *
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