7 / 364
第 6 話
しおりを挟む林道の入口付近の安全な場所で、恭介は人生初の徹夜を経験した。疲れきっていたが、頭が冴えて寝つけない。原因の発言をしたゼニスは、樹木に背中を預けて座り、地面に横たわって眠るシリルの呼吸を見まもっている。
(……オレはここで死ぬのか? なぜ、こんなことになったんだ? いつものように仕事をしてアパートに帰っただけだぞ。いったい、これはどういう状況だ? 誰でもいいから説明してくれ。頭がおかしくなりそうだ……)
思考回路が迷走する恭介をよそに、ゼニスも浅い眠りにつく。時刻を確かめる手段はなかったが、夜空の三日月は西へ沈みかけていた。恭介は寝そべってみたが、いつまでも睡魔に襲われない。異変が起きたのは、夜が明ける頃だった。
カリカリと、何かを爪で掻くような音が聞こえる。瞼をとじていた恭介は、ハッとして顔をあげた。
「シリルくん?」
眠っていたはずの青年は、いつの間にか裸身になり、ゼニスが渡した枝に歯を立てている。その木の皮をカリカリと食べていた。とてもおいしそうには見えず、恭介は咄嗟にシリルの手頸を掴んだ。
「シリルくん、やめないか、」
木の枝を奪い取ると、シリルは「あ、あっ」と云って、うろたえた。周辺はうっすらと明るくなり始めていたので、シリルの肌に目がとまる。すると、あきらかな変化が認められた。
「……な、なんだ、これは、」
青年の胸が数センチほど膨らんでいる。ふたつ並ぶ突起は薄桃色をしており、それはまるで女性の乳房のように見えた。しかも、シリルは苦しいようすで、ハアハアと肩で息をする。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
恭介が大きい声をだすと、仮眠から目醒めたゼニスは地面に落ちたシャツを拾い、シルリの肩にあてがった。
「ゼニスさん、シリルくんのようすが変だ、」
背の高い男は命の恩人につき、名前に敬称をつけて呼んだ。ゼニスは、あわてる恭介に事情を説明した。
「枝を返してやれ。それには興奮作用を落ち着かせる成分が含まれている。シリルは今、発情期手前で、明け方になるとカラダが女体化する。」
云われて、思わずシリルの下半身へ目を向けたが、きちんと男性器はついている。
「シリルくんが発情? 女になるって、どういう意味だ……、」
困惑する恭介をよそに、ゼニスは無表情で説明を続ける。
「シリルは両性具有だ。見た目は男のつくりだが、たとえば、この状況でおまえと寝たならば、まちがいなく妊娠するだろう。」
「シリルくんが、妊娠?」
「まだ未成熟だから、性通の経験はないだろうがな。獣人の成長過程は、おれら人間とはちがうらしい。」
「けひとって?」
「人間と獣族の混血だ。」
恭介は理解が追いつかず当惑したが、シリルから首すじに抱きつかれると、にわかに全身の細胞が火照るようだった。ゼニスはそれを承知して、首を横に振る。
「木の枝をシリルに返せ。でなければ、おまえが理性を失うぞ。念のため云っておくが、シリルのカラダに手をだしたら殺されるぜ。」
「殺されるって誰に、」
「おれにだ。」
「ゼニスさんがオレを? どうして……、」
かろうじて聞き返したが、シリルの息づかいを耳もとに感じて、生理現象が煽られそうになった。恭介が硬直して動けずにいると、ゼニスはシリルの腰を掴んで無理やり引き離した。
「……ゼニスぅ、」
うっとりとした表情を向けるシリルに、ゼニスは冷静に対処する。恭介の手から木の枝を取り返すと、青年の口にくわえさせた。恭介は昂ぶった心臓を意識して、何度か深呼吸をした。
(シリルくんは、女だったのか?)
ふと、自分の発言を思いだして後悔した。シリルの体質を知らなかったとはいえ、遺跡では、わざと失礼な科白を投げかけている。相手を見かけで判断した結果であり、恭介は素直に反省した。
「シリルくん、ごめん」と。
恭介とゼニスは生理活性物質に当てられないよう、青年の興奮状態が自然に沈静化するまで、一定の距離を保つことにした。肩を並べて座るゼニスから「殺す」と云われた恭介は、複雑な心境になる。ただでさえ、不可解な超常現象に悩まされていたが、シリルとゼニスの正体について考えると、なぜか頭痛がした。
* * * * * *
2
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる