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第 5 話
しおりを挟む石川恭介、27歳、ただいま全力疾走中。
「うおおぉぉぉーっ!!」
「キョースケ、伏せて!」
シリルの声と同時に、背後でドカドカッという鈍い音がした。剣を武器に持つゼニスは、恭介とシリルを先に走らせ、牙をむく黒い物体を追いはらう。なぜか剣を鞘から抜かず、相手の弱点を先端で突く攻撃をくり返す。無駄な殺生を避けているのかも知れない。野生動物の縄張りにいる恭介たちは、とにかく逃げるしかない。温水地から林道を抜ける途中、何度も黒いものに出喰わすが、ゼニスのおかげで今のところ無傷である。
コスモポリテスと呼ばれる国の遺跡に時空転移した恭介は、硫黄泉で体力と気力を回復させたばかりだが、すでにかなりの距離を走っている。
「キョースケ、30メートル先を左に曲がって。」
「左だな? オーケー!」
今いる場所が見知らぬ土地であることにまちがいないが、言語や十進法が共通につき、意思の伝達に不自由はない。それだけは唯一の救いだった。林道をひたすら走る恭介はゼエハアと息を切らせたが、シリルの呼吸はまったく乱れていない。細身のわりに、体力は底抜けだ。
云われたとおり30メートルほど先を左に曲がると、シリルは恭介の身を案じて背後のゼニスを振り向いた。
「ぼく、唱えようか?」
「おまえはむやみに術力を使うな。」
「でも、これ以上はキョースケが走れそうにないよ。」
「いっそ、腕の1本くらい喰わせてやったらどうだ。」
「そんなの絶対にダメ。ぼくは、キョースケを王宮に連れていくと極めたんだ。」
ゼニスは「ふん」と鼻から息を吐くと、いきなり恭介の胴体を脇に抱えて走りだす。
「うおっ、マジか!?」
恭介の身長と体重は成人男性の平均並みだが、ゼニスは力持ちで足も速かった。
林道を抜ける手前で、肩の荷は地面へ降ろされた。さすがのゼニスも息切れをしていたが、周囲を警戒する横顔は真剣だ。よく見ると、かなり男前である。
「ここまで来れば安全でしょ。」
と、シリルが云う。ゼニスは「ああ」と頷いて、適当な長さの枝を折ると青年に持たせた。それを何に使うのかは、のちほど判明する。
「キョースケ、今夜は野宿だよ。」
シリルは、さらッと云う。ゼニスは剣を腰の帯巻きに戻すと、胸ポケットから細長い容器を取りだした。
「滋養薬だ。あすの昼までは何も口にできないだろうから飲んでおけ。」
どうやら中身は栄養ドリンクのようだ。ゼニスなりに、平凡な恭介の体調を気遣って云う。差しだされた容器には、黄色い液体が注がれていた。
「全部は飲むなよ。半分はシリルに呉れてやれ。」
ゼニスの言葉を聞いたシリルは、恭介の手許を見て、顔をしかめた。
「それ要らない。ぼく、好きじゃない。」
と拒否するが、恭介は内心これはもしかして美味なのではと思った。青年には味覚音痴の疑いがあるため、その逆を期待して飲んでみた。すると、少し甘いだけの水のような味で、咽喉の渇きを潤してくれた。嫌がるほど不味くはない。やはり、シリルのほうに問題があると思われた。恭介は空になった容器をゼニスに返しながら、素朴な疑問を口にした。
「コスモポリテスって、地球のどこらへんに位置する国なんだ?」
せめて、日本からどれだけ離れた場所にあるのかを把握しておきたかったが、ゼニスの返答に困惑することになる。シリルは野宿ができそうな平らな地面を見つけると、こちらに手を振った。恭介は軽く腕をあげて応じる。
「オレはたぶん、この国の人間じゃない。気づいたら遺跡にいて、まったくわけがわからない。」
「おまえ、キョースケと云ったな、」
「ああ……、」
「なんのために現れたのか知らないが、元の世界に戻る方法などない。おれは、おまえみたいな奴をひとり知っているが、そいつも帰ることができず、この土地で死んだ。」
おそらく、前例と同じ運命をたどるであろう恭介に、そう告げるゼニスの表情はどこか冷めていた。
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