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第 3 話
しおりを挟む遺跡を抜けた恭介は、林道の石ころに躓いてよろめくシリルへ手を差しのべた。
「おっと、大丈夫か。」
片腕を使ってカラダを支えてやると、シリルは「平気」と短く応え、恭介から離れた。青年に質問したい事柄は山程あったが、シリルは恭介の助けとなり、コスモポリテス城まで案内すると云う。ここは素直に従って、話のわかりそうな人物を見つけるしかない。
(なんとなく、シリルくんに色々訊ねても、まともな回答が寄越されないような気がするんだよな……)
まだ短い付き合いだが、シリルの性格を適当に判断した。
古めかしい岩造りの遺跡をあとにして、林道を歩き始めると、なにやら変な臭いが鼻先をかすめた。
「うん? これって、もしかして……、」
さらに、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。恭介は、肩を並べて歩くシリルへ目を向けた。
「なあ、どこかに温泉があったりするか?」
「おんせん、」
「この匂い、硫黄だよな。」
少し前から、陽射しとは異なる熱気を感じていた。これはまちがいなく、近くに熱水泉が湧き出す場所があるはずだ。恭介が視線を泳がせると、シリルは思いだしたかのように「あ」と、声を洩らした。
「もう少し南緯に行けば、温水地がある。」
「へぇ、やっぱりな。」
自分のいた世界と変わらない天然ガスの匂いに、なんとなくホッとする。恭介の緊張が緩む瞬間を見たシリルは、予定を変更して温水地を案内した。
広範囲にわたって樹木が密集する中に、手入れされた浴場がある。石材を切りぬいて囲った湯船に、温泉らしいエメラルドグリーンの湯水が溜っている。濃い湯気が立ちのぼり、視界がいくらか霞んで見えた。
「おおっ、気持ちよさそうだな!」
見たままの感想を口走ると、シリルはシャツを脱いで入浴した。恭介は歩き疲れた足を癒すため、自分も服を脱ぎ始めた。ハダカになっても湯気が濃いため、あまり気にならなかった。適温の湯水につかると、「はぁ~っ」と、気の抜けた声が自然にでた。
(これは、最高に気持ちがいいぜ……)
見知らぬ場所に来てまで天然温泉につかれるとは、なかなか悪くない気分である。恭介は余計なことを考えるのをやめにして、しばらくのんびり過ごした。先に入浴したはずのシリルはどこかに姿を消していたが、リラックスモードに突入した恭介は、すっかり油断した。
恭介が温水でくつろぐようすを、高いところから見おろす者がいる。温水地がある南緯の雑木林には、肉食動物が棲息しており、遠方へ旅行く者や、知らずに通る商人が襲われやすい。また、近くには墓地があるため、王国は監視塔を建て、見廻りを強化した。剣を腰にさす男は、望遠鏡をのぞき込み、恭介が湯船から出て着替えるようすを確認した。こちら側の住人にとって恭介は風変わりな顔立ちをしていたが、男の背後から近づく青年を振り返り、状況を察した。
「シリル、おまえの仕業か、」
いつの間にか、温水地から監視塔へ移動したシリルは、くすッと笑う。しかも、青年は恭介のシャツを着ていたので、男からため息を吐かれた。
「何度も云うが、おまえは奔放すぎる。立場を考えて少しは慎重になれ。」
身分はシリルのほうがずっと上位であったが、男は淡々と口をきく。
「戻らなくていいのか。」
と、恭介がうろうろと歩きまわる姿を目にとめて云う。シリルは、コーラルレッドの双瞳で男の顔を見つめた。
「ねぇ、ゼニスも一緒に来て。ぼくとあのひとを、王宮まで守ってくれる?」
ゼニスと呼ばれた男はひざまずき、シリルの言葉に頷いた。
「かしこまりました。リシルド獣王子。」
濃い湯気に景色はぼやけ、恭介の位置から監視塔は見えなかった。湯船から出たあと、青年の姿が見あたらない」
「シリルくん。」
名前を呼んでも返事はない。林道のほうへ歩いてゆくと、樹木の茂みでガサッと音がした。シリルかと思って近づくと、いきなり黒い物体に飛びつかれた。
「わっ、なんだ!?」
地面に押し倒された恭介は、胴体に重たいものが乗り、身動きが取れなくなった。鋭い牙が首筋目がけて襲ってきたが、一瞬の出来事につき防御は不可能だった。
* * * * * *
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