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第 2 話
しおりを挟むなるほど。これは案内人なくして迷わず出口へたどり着くことは不可能に近い。恭介はシリルのうしろを歩きながら、そう思った。生い繁る枝葉や木蔦が、方向感覚を鈍らせる。
どういうわけか、コスモポリテスという国に瞬間移動していた恭介だが、今は目の前の青年が気になってしょうがない。なにしろ素っ裸である。せめて、下半身くらい隠してもらいたいところだ。背後からついて行くにも、視線が泳いでしまう。シリルは多感な年頃に見えたが、恥じらうようすはない。
(さっきまでいたチビッ子もそうだったけど、もしかして、裸族なのか……?)
小さな子どもに寄って集られ、身包みを剥がされそうになったが、スーツの上着とズボンのベルトだけですまされた。くつ下と革靴は返してもらった。汚いとか、臭いがキツかったとか、そういう理由は考えないでおく。
それにしても、シリルは何者だろうか。いくら昼間だとはいえ、朽ちた遺跡の、それもこんな奥地にいたことが疑問である。歩き始めてから、およそ1時間は経過していると思われた。残念ながら、恭介は携帯電話や腕時計といった時刻を確認する手段は身につけていない。
(まいったな、無事に自宅へ帰れるだろうか。金も持ってないぞ……)
ズボンのポケットをさぐってみたが、財布はない。そもそも、軽装だった。
恭介は自分のことで悩むうち、息切れがした。体力の消耗が激しいのは、陽射しが強く、蒸し暑いからだ。樹木の隙間から射し込む陽光は、体力だけでなく気力も奪ってゆく。
「シリルくん、少し休憩しないか……、」
ちょうど程よい切株を見つけ、そこへ腰をおろす。立ちどまって振り返るシリルの呼吸は、まったく乱れていない。恭介は額にうっすらと汗をかいている。シャツを脱いでタンクトップ姿になると、歩み寄ってきた青年に差しだした。
「これを着てろよ。こんな森の中をハダカでうろついてたら、けがをするだろう。」
シリルが肩がけにしていた布は、恭介が最初にいた場所へ置いてきてしまった。正確にはシリルが捨てた。
「頼むから着てくれ。」
青年が受け取らないため、恭介は無理やり着せることにした。シャツの袖にシリルの腕を通して、ボタンをとめる。身長は恭介のほうが高いため、股下の丈はシリルの太腿までしっかり隠せた。
「よし、OK」と云う恭介に、シリルは顔をしかめて「人間くさい」と云う。
「うん? 体臭のことか? そりゃ悪かったな。」
「ちがうよ。そうじゃない。」
「ちがうって、じゃあ何が、」
恭介が首を傾げると、シリルの細い指が伸びてきて、口唇に触れた。
「息がちがう。カラダもちがう。全部ちがう。」
「シ、シリルくん!?」
青年は、なぜか恭介のズボンの前をひらこうとする。「よせ」と云って後ずさるが、「なぜ?」と聞き返された。
「なぜもこうもない。オレが悪人だったら、とっくに襲われてるぞ!」
「ぼくが、襲われる?」
恭介はヘテロだが、シリルの言動に煽られて、カラダが勝手に反応するかも知れない。いきなりキスされたことも忘れていない。だが、青年はきれいな顔をしているせいか、極端な嫌気は起こらなかった。とはいえ、下半身をさぐられて容認できるはずもない。
突き離されたシリルは、納得したのかどうか、その場にしゃがみ込んだ。両膝を立て三角座りをするので、どうしても股のあいだが見えてしまう。
(わざとオレに見せているのか? そんな、まさかな……)
恭介はばかな思考をめぐらせつつ、顔を背けた。
いったい、何がどうして、こんなことになったのか。この状況は、いわゆるタイムスリップ現象に近い。SF映画のストーリーでは、たいていの主人公が過去や未来の世界へ飛ばされる。そこで古代文明の謎を解き明かしたり、ハイテクノロジーを駆使して悪の組織と対立したりするが、それは主人公の性格が勇敢であり、あくまで空想の産物だからこそ、娯楽として愉しめる。実際、ごく一般人が生身で放りだされてしまったら、途方に暮れるしかないだろう。
(まあ、でも、やばいモンスターとか出てこないだけマシか……)
思わず苦笑したが、コスモポリテス国には人間以外の生命体が数多く存在しており、目の前の青年も例外ではなかった。
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