向こう岸の楽園

み馬

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第93回[無関心]

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 礼慈郎の目的をよそに、ストリップショーが開演した。舞台に登場した芸者は、いきなり全裸で踊りだし、客席の目を奪う。音楽と拍手と歓声が場内にひびき渡るなか、新人のストリッパーは静かに裏方へ引き下がり、らんも姿を消した。鉄柱ポールを使ってダンスを披露するストリッパーのひとりは、案内人の克衛に好意をいだ椿つばきである。しなやかに動く肢体は魅惑的だが、下腹部の陰毛は処理されておらず、雄性へ目が留まる。生まれつき白板パイパンで中性的な飛英は、やはり、特異な存在だった。礼慈郎は今すぐ指輪を外し、飛英を抱きたい気分になった。うっかり情欲を刺激された軍人は、始まったばかりのショーに背を向け、劇場の売店へ移動した。

 以前はストリッパーの写真などを販売していたが、現在は取り扱いがなく、防瘡袋ぼうそうぶくろの語をあてた避妊具や、あやしい薬品が並べてあった。また、果汁を薄めて甘味料を加えた冷水(瓶ジュース)も売られており、礼慈郎は一本購うことにした。栓抜きを借りて蓋をあけ、ひと口のむ。生温なまぬるく、やけに甘く感じたが、一滴残さず飲み干し、空瓶を返却した。背後に迫る足音にふり向くと、さきほどまで舞台に立っていた椿が小走りで追いかけてきた。

「待っておくれ、兵隊さん。わたしはダンサーの椿っていうの。ねぇ、はなぶさは元気? わたし、あれからずっと心配で……、あなたは、英を身請した人でしょう?」

 浴衣の腰紐を結びながらしゃべる椿は、飛英がさらわれた事実を克衛から聞きだした芸者仲間である。闇市に属する住人は、キラの許可がなければ勝手に出歩くことも、電報を送ることもできない。椿が飛英を気にかける理由は、たんに顔見知りというだけでなく、克衛の個人贔屓が過ぎるからである。

「ごめんなさいね。わたしみたいな人間が、お国のために働く兵隊さんに話しかけてしまって、さぞ、不快かもしれないね。」

 ストリッパーとして生きるしか能のない椿だが、人気芸者のひとりにつき、ひと晩で大金を稼ぐ主要ダンサーでもあった。開演直後の出番を終えたあとも、終盤にふたたび舞台へ立ち、客の前で自慰(射精)をする目玉興行を控えている。新しい責任者は、花園よりも過激な思考の持ち主のようで、ストリッパーへの要求も、飛英がいたころより淫らな内容になっていた。

「せめて、兵隊さんのお名前をうかがってもいいかしら。」

 軍人を兵隊と呼ぶ椿に悪意はない。下級兵士ではない(むしろ、上級大佐の)礼慈郎は眉を寄せて沈黙したが、無教養と思われる椿の生い立ちに配慮し、「利玄りげん礼慈郎だ」と名乗った。軍人の眼光は鋭いが、むやみな敵意を感じさせないため、椿はホッとしたようで笑顔をみせた。

「そう、利玄さんね。……ねぇ、あなた、客席にいたときからけわしい顔つきで、ショーをたのしんでいなかったでしょう? あなたほどの男前は、舞台に立つと、すぐに目につくものよ。それなのに、なんて退屈そうなんだろうって、少し、残念だったわ。まさかとは思うけど、ストリッパーを侮辱しに来たわけじゃないわよね。……ごめんなさい。今のは、わたしの失言ね。忘れて頂戴ちょうだい。」

 礼慈郎が何も云わずに佇んでいると、椿は観念したのか、深いため息を吐いた。

「はっきり云うとね、あの人、、、から英を奪ってくれて、感謝しているわ。わたしはね、あの人を……、克衛さんを愛しているの。だから、英が闇市を去ってくれて、うれしかった。」


✓つづく
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