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第90回[指輪]
しおりを挟む礼慈郎は長い間をおいて、飛英が狙われている理由を話した。克衛は黙って聞いていたが、おもむろに腕組みをすると、軍人が卓袱台の茶碗を持つ手に視線を落とした。礼慈郎は左手に指輪をしたままだった。それを抜かずに飛英を抱いている。無神経とまではいかないが、愛人に対する思いやりに欠けていた。だが、飛英が不満を口にしたことはない。壁のうすい部屋につき、小屋の裏手で売春夫が客と交わる物音が聞こえていたが、絶頂に達したようで、こんどはボソボソと話す声がした。内容まで聞き取ることはできないが、金銭のやりとりをしているようである。まもなく、足音が遠ざかり、辺りは静かになった。すると、無言になっていた克衛が先に口を割った。
「つまり、織原は今、おまえさんの子を妊娠しているのか?」
「あいにく、妻が妊娠中だ。」
「なるほど。夫婦仲は円満ってことか。……しかし、織原の先祖は男でも妊娠できる体質だったのだろう? 普通に考えると、その特異な遺伝子を受け継いでいても、おかしくはないがな。」
「それは考えられん。」
飛英を二度ほど抱いている礼慈郎は、青年の体調に変化が見られないため、やはり、妊娠はあり得ないだろうと思った(衝動的に抱いた菊乃は、あっさり妊娠した)。織江の悪習に惑わされ、うっかり生贄として池に沈むほど、まぬけではいられない。
「まさかとは思うが、織原と何もしていないのか?」
やや無遠慮な問いかけに、礼慈郎は首を横へふって否定した。克衛も「だよな、失敬」と詫びる。見るからに健康的な軍人が、飛英のからだを放っておくとは考えにくい。克衛は「すまんな」と、もういちど詫びた。礼慈郎は小さく息を吐き、話を続けた。
「そんな昔話など関係ない。織原の身について、今は友人に世話をまかせているが、いずれ、そばにおくつもりだ。」
「愛人としてか? いや、愚問だな。大金を払って身請した以上、織原をどう扱おうが主人の勝手だ。……だがよ、簀巻にして川に流すくらいなら、おれのところへ捨てにこいよ。引き取ってやる。」
案内人として気にかけるだけでなく、余分な感情を含む口ぶりにつき、礼慈郎は「断る」と即答した。飛英を誰にも譲らない気持ちは、日毎に強くなるいっぽうだった。茶碗を空にして腰をあげると、「持っていけ」という克衛は、小豆まんじゅうを薄紙に包んで差しだした。礼慈郎は軍帽をかぶり直す動作の流れで受け取り、サックのなかへしまった。
「いわくつきの廃村へ行く日は、事前に報せてくれ。おれも、動けるようなら白髪男を尾行する。それより、紳士のほうを見張っていたほうがいいか? 財力のある男ってのは、何を仕掛けてくるか予測できないから危険だぞ。」
「スーツの男は、おれが始末する。もとはといえば、標的は、このおれであるべきだ。」
「身請の件なら、はやい者勝ちだろうに。おまえさんが名乗りでたのは、たんなる気まぐれか? そうでなければ、後者は引き下がるべきなんだよ。……利玄礼慈郎、おまえは織原飛英を愛していないのか? ちがうだろう? 態度を見ていれば、それくらいわかるさ。ただし、これだけは云わせてもらう。次に織原と寝るときは、その左手の指輪は外してやれ。」
礼慈郎が指輪を嵌めているかぎり、飛英は寂しい気持ちに捉われることになる。礼慈郎は眉間にしわをよせていたが、低い声で「肝に銘じよう」といって小屋をあとにした。軍人は、夜風に吹かれながらストリップ劇場へと向かった。
✓つづく
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