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第85回[将来]
しおりを挟むどのような偉大な人物であれ、見方を変えたとき、すべてが称賛にあたいするわけではない。織江により根づいた悪習に異を唱える者は、飛英の父のように、集落から姿を消している。織原の先祖にあたる青年は、確かに赤子を出産していたが、当時の記事について、詳しい情報を持つ人間は存在せず、一説によると、織江は廃村を消滅に導いた元凶とされ、その名を語ることを禁じられているとも載っていた。
「ひとまず、医師の調査は限界だな。これ以上は時間の無駄だ。織原の末裔をつけ狙う輩の駆除に専念しようぜ。」
そういう鷹羽は、シッシッと、手で小虫を追い払う仕草をしてみせた。礼慈郎は「そうだな」といって同意すると、飛英へ視線を向けた。
「もういちど、あの廃村へ行く日程を組もう。日帰りでは、こちらの揺動に相手が動くかどうか定かではないが、織原を拐った前科がある。どちらかいっぽうでも見つけ次第、その場で織原を尾行した目的を白状させる。」
礼慈郎は、円卓で隔てられている飛英を見つめ、こんなとき、英理の心情はどうなのか、少し気になった。
「おれは留守番担当かな。共倒れは、避けたいだろう?」
万が一、礼慈郎の身に不運が起きたとき、飛英の将来を支える後見人は、安全な場所で待機していたほうが無難である。もとより、軍人という立場の礼慈郎に、平穏な未来など保障されていない。向かい合う飛英の表情を曇らせる発言だが、礼慈郎は腰をあげ、革ベルトに軍刀を吊るすと、玄関へ向かった。飛英と鷹羽に見送られて屋敷に戻ると、妻の菊乃に出迎えられた。
「おかえりなさいませ、旦那さま。」
電灯の明かりがゆらぐ廊下に佇む菊乃は、礼慈郎の帰りを待ちわびていたかのように、すり足で歩み寄り、「大切なお知らせがあります」という。遅い時刻に帰宅した軍服姿の礼慈郎を呼びとめるほど、火急の用事らしい。華族に嫁入りした菊乃は、当初の淑やかさ(つつしみ深さ)が徐々に薄れつつあった。足を止めた礼慈郎を見つめ、
「旦那さま、お聞きになって。わたし、子どもができましたの。」
と、告げる。それは祝福すべき果報だが、礼慈郎は、即座に飛英の顔を思い浮かべた。
✓つづく
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