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第78回[改心]
しおりを挟む坪庭に面した廊下に、うっすらとした月明かりがさしこんでいた。磨りガラス越しに外をのぞいた飛英は、ぼんやりと映る冴えない顔を見つめ、もうひとりの自分へ呼びかけた。
「……英理、聞こえますか? わたしの声が聞こえているならば、どうかこたえてください。」
廊下に人影はないが、飛英はひとりでしゃべり続けた。
「わたしは、織江と織原の血を引く子孫の末裔のようです。たとえ、この身に淫呪の血が流れていようとも、男のわたしが妊娠できるとは、とうてい考えられません。……ですが、かつて、集落で暮らしていた人が、あの忌まわしい儀式を再現しようと、わたしを探しています。……英理、力を貸してください。もういちど廃村を訪ね、山奥に造られた池を調べたいのです。わたしたちは、過去の犠牲者を弔う義務がある。そう思いませんか……。」
水底に沈む死体は、おそらく、淫呪の血に捧げられた生贄である。自分自身の心に覚悟を問うように、英理へ今後について語るうち、背後に人の気配を感じてふり向いた。和装の鷹羽が、口許に笑みをつくり、静かに佇んでいる。礼慈郎をはじめ、彼らの協力には感謝すべき状況だが、これ以上は巻き込みたくないという感情が、飛英の頭を悩ませた。鷹羽は、青年の心の隙間を指摘せず、飛英の肩に手をおいた。
「どうしようか迷っていたが、おれも、今きめた。次に書く作品は、極限状態の人間が、他者の尊厳を解きあかせるか、いわば、表面上の信仰ではなく、実際に関係が結ばれる状況に重きをなす、人間の精神のあり方を、個人の意見として綴りたくなった。」
信仰の対象は自由である。どのような事物に救済を求め、精神を尽くして崇拝するかは、他力中心の考え方であり、ひたすら信じることが絶対条件だ。しかし、異言を唱える者の宿命論こそ、身心脱落の境地に陥りやすい。己に克つことができる人間は、そう多くない。淫呪の青年をめぐり交叉する思いは、降りやまない雨のように、飛英の躰を冷やし、心の底まで浸透してゆく。
「鷹羽さん……。」
青年は無心な表情を浮かべ、作家の意志を尊重した。
「わたしたちの事例でしたら、お書きになって構いません。……英理も悦びます。」
✓つづく
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