向こう岸の楽園

み馬

文字の大きさ
上 下
77 / 100

第77回[反省]

しおりを挟む

 寝汗をかき、気分が落ちつかない飛英は、風呂へ入ることにした。狩谷家の間取りは承知しているため、着がえの浴衣ゆかたを持ち、浴室へ向かった。そのあいだに、掛け布団を新しくととのえる鷹羽は、窓のない書斎の空気を入れえるため、障子戸をあけたままにして、廊下へでた。坪庭つぼにわの窓をひらいて台所へ向かうと、何やら軽やかな足取りで出ていく母の姿を見送った。彼女は基本的に薄化粧だが、地域の集まりに参加するときにかぎり、珊瑚玉さんごだまのついたピンで髪をまとめあげ、うなじを見せるようにしていた。鷹羽の母は、いくつになっても娘のような無邪気さを持っている。いっぽう、口数の少ない父は、仕事の都合で出張が多く、せわしない日常を送っていた。

 鷹羽が夕餉ゆうげの準備をするころ、湯船に浸かる飛英は、これまでの行動や言動の良くなかった点を意識して、自分の可否をあらためて考えた。

「愚かにも、せめてわたしが女性であればと……、そんなふうに思ってしまったから、あんなおそろしい夢をみたのだろうか……。」

 いくら睡眠中の幻覚とはいえ、男衆に凌辱された飛英は、湯の下で腹部をさすり、身震みぶるいした。織江が後世に残した一連いちれんの観念や悪習は、現実の経験として飛英の身にふりかかろうとしている。池の畔で死産となった赤子は、ほんとうに双胎の英理えいりだったのか。肉体を失った片割れが、自覚面にあらわれない潜在意識(把握できない領域)に癒着ゆちゃくし、本能的な欲求を満たそうと活動している可能性は、あり得ないとは云い切れない。実態はなくても、飛英が習得した情報や心的過程を処理する力があり、心の奥底に蓄積された価値観や思いこみを否定し、異なる人格として、幾度となく覚醒している。

「……いいえ、ちがいます。英理こそ、わたしそのもので、わたしは、ふたりでひとつの人間……。どちらも、わたし自身なんだ……。」

 あの軍人ひとは、わたしの主人もの

 礼慈郎の立場を利用し、身勝手なふるまいが目立つ飛英だが、別人格のせいだと決めつけていた。しかし、単純な思考で周囲を巻き込んでばかりいられない。忌まわしい過去と決別するためにも、英理の存在を受け容れる必要があった。


✓つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...