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第66回[失意の愛人]
しおりを挟む因縁を断ち切る方法は、ふたつある。第三者を証人として同席させ、当事者同士による話し合いで穏便に解決するか、どちらかいっぽうが雑念を打ち消して身を引くしかない。
今となっては、誰も訪ねてこない廃村をあとにした飛英と礼慈郎は、無人駅で汽車を待っていた。自働電話でどこかへ通信を終えた礼慈郎は、待合室の戸をあけてベンチに坐る飛英を一瞥すると、ふたり分の間をあけて腰をおろした。飛英の態度がよそよそしく見えるのは、自身のせいである。そう認める軍人は、小さくため息を吐いた。英理の意思を尊重したつもりはないが、あまりにも無防備で挑発的な態度に性的な興奮を覚えた結果、身体作用の過剰反応を許してしまった。細い腰を突きあげるたび、素直に悦がる英理の表情は艶めかしく色気があり、妻の菊乃を抱くよりも快感だった。生身を通じてようやく手応えと自信を得た礼慈郎は、英理の人格だからこそ、遠慮なく肌に触れることができた。
飛英にとって礼慈郎は、身請された瞬間から主人であると同時に、絶対に服従すべき存在である。どのような扱いを受けても抗議する立場ではなく、まして、肉体関係を築くことでしか恩を返すことはできない。もとより、闇市で働く人間は、世間から見放された弱者につき、他者に依存しなければ生きられず、社会的には下位の身分と思われていた。
「後悔しているのか。」
といって、先に沈黙を破った礼慈郎は、いくらか不安材料を抱えていた。既成事実について詫びてはいたが、念のため、もういちど謝罪すべきか見極める必要があった。
「おれに不満があるならば、はっきり云ってくれ。」
「ち、ちがいます。礼慈郎さんには、とても感謝しています。不満なんて、何もありません!」
思いのほか、ムキになって否定された礼慈郎は、ひそかに安堵した。しかし、飛英は露骨に表情を歪め、腹を抱えこむ仕草をした。礼慈郎と肉体をつなげた感触は、内奥に残されている。だが、英理が経験した事柄は、すっかり抜け落ちているため、誰かが心身を操っているとしか思えず、不安な気持ちを隠せなかった。
✓つづく
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