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第61回[交代]
しおりを挟む飛英の中にいる英理という人格は、抑圧された気持ちが意図せず擬人化する神経症であり、環境的要因が深くかかわっていた。
織原(母方)の特異体質を引き継いだ人間は、思春期に心の平和を乱され(近親者との性交の強要、および受胎)、自身の適応能力を遥かに超えた苦痛に見舞われる(村の男衆に凌辱される)うち、精神までも毀れてしまわないよう、無意識に自我を途切れさせ、別の人格をつくりだし、苦痛を引き受けてもらうことで、おぞましい記憶に蓋をした。また、別人格は独立した自我をもち、外見は同じ人間であるのに、まったく似つかない口調や態度で、周囲の人々を手玉に取りはじめた。
たった今、織原飛英の肉体を使って礼慈郎を翻弄する英理こそ、淫呪の血を色濃く受け継いだ産物である。廃村の朽ちた家屋で性的な事柄におよぼうとする英理は、礼慈郎の胴体にまたがり、下半身を押しつけてきた。
『なにを考えているのか、当ててみようかぇ? どうせ、飛英のことだろう? ……安心おし。あの子はあたし、あたしはあの子、どちらを抱いても同じこと。……もう、すべて判ったのだろう? このあたしも飛英も、軍人さんを生贄になんて差しださないわぇ。それに、好きな男とひとつになれば、織原の過去も報われる。そう思わないかい?』
英理は、ぬれた前髪を掻きあげると、額の痣を隠そうともせず礼慈郎に顔を近づけ、口唇を重ねた。軽く触れるだけの接吻をして離れると、両足をV字に持ちあげ、股のあいだへ礼慈郎の視線を誘導した。
『どうだい? よく見ておくれ。あたしの入口は、ここだよぅ。さぁ、今度こそ最後までしようじゃないか。途中放棄なんて、お断りだわぇ。……あたしはね、あの子とちがって泣いたりしない。遠慮なく腰を突いてかまわないよ。』
大胆な体位で挑発する英理の肌は、池の水で冷えきっていた。礼慈郎の体温を求める理由は、現実を共有し、充分な快楽を得るためだが、自身の感情を無視することはできなかった。性愛の対象として選ばれた礼慈郎は、ズボンと下着を脱がせようとする英理の手頸を摑み、「待て」と制して上体を起こした。
『なんだい、おあずけなら御免だわぇ。』
「否、そんなに毀してほしけりゃ、朝まで抱きつぶしてやる。だが、先に説明しろ。」
『……なにを?』
「織原は、おまえの行動を認めているか? ふたりの意識をはっきりさせておかねば、こちらの抱き心地が悪くてならん。」
『……意地でも、時間稼ぎをするつもりかぇ? まぁ、いいさね。あたしとあの子はね、互いの干渉はしていない。今、この瞬間に感じ取るものは、すべてあたしの記憶であり、知覚であり、感触なのさ。あの子の意思は関係ない。』
「ならば、交代しろ。」
『どうして? あたしじゃ不満なのかぇ。』
「とにかく、織原をだせ。あいつの合意がなければ、おまえを抱くことはできない。」
もっともらしい意見を述べる礼慈郎だが、理性を保つのがやっとの状態に近く、英理の誘惑に負けそうになっていた。浅ましい欲望に気づかれては立場が不利になるため、会話を引き延ばす必要があった。しかし、英理は、あからさまにムッと眉を寄せた。
『あたしはね、そうやって焦らされるのが、いちばんきらいなんだ。……飛英に文句は云わせない。さぁ、はやくこの肉体を抱いておくれ。』
✓つづく
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