向こう岸の楽園

み馬

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第45回[少憩]

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 廃村で夜を明かすには、野生動物との遭遇に注意が必要である。とくに、夜行性の動物は肉食であることが多く、長らく放置された集落は、縄張なわばりかつ、ねぐら、、、として集まりやすい。現在の状況は、人間である礼慈郎と滝沢のほうが侵入者であり、肉食動物は、気配を消して獲物を狙ってくる。日が暮れた以上、すみやかに下山げざんすべきだろう。

「織原さん、なかなか見つかりませんね……。」
「仕方ない。駅舎まで引き返すか。」
「え、駅舎って……、本気ですか? ここからですと、けっこう歩きますよ?」
「問題ない。無人だが、自働電話がおいてあった。連絡を取りたいやつがいる。ついでに、今夜は待合室のベンチで休むとしよう。」

 体力に余裕がある礼慈郎は、さらっと云う。廃村で野宿するより、四隅を囲まれた待合室のほうが安全な場所につき、滝沢は「そ、それじゃあ、ぼくも、ご一緒させてください」といって、行動を共にした。本来、最終時刻の汽車にのるはずだった滝沢は、里帰りの予定を変更し、独断で飛英の捜索に協力していた。織江の話を持ちだしたことが原因で、ふたりに迷惑をかけてしまったと解釈し、放ってはおけなかった結果である。

 先に駅舎へ到着した礼慈郎は、息を切らして追いついた書生へ非常食の乾パンと水筒を手渡すと、待合室を指さした。

「こいつを食べて空腹をしのげ。」

「ど、どうもありがとうございます。やけに用意がいいですね……。」

 非常食を持ち歩く旅行者を初めて見た滝沢は、いくらか変な顔をして受け取った。礼慈郎は、少しでも入手した情報を確認するため、滝沢が離れていくのを見届けたのち、狩谷家へ電話をかけた。遠くで、ホーゥホーゥと、フクロウがいている。古びた待合室の戸をあけた滝沢は、蜘蛛の巣が顔面に引っかかり、「ぎゃっ」と、声をあげた。あわてて蜘蛛の糸を指で払うと、月光を頼りにベンチへ坐った。汚れた窓ガラスの向こう側に、電話口で誰かと話しこむ礼慈郎の影が見えている。

「それにしても……、ひとりで廃村むらへ行くなんて、織原さんは何を考えているのだろう? もし、迷子になっていたら心配だな。はやく見つけてあげないと……、」

 乾パンをかじりながら他人の事情を詮索する滝沢だが、歩き疲れたせいか、しだいに瞼は重たくなった。鞄を枕にして横になると、朝まで深い眠りに落ちた。


✓つづく
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