向こう岸の楽園

み馬

文字の大きさ
上 下
26 / 100

第26回[二面性]

しおりを挟む

 表面上ではわからない性質や特徴というものは、自分では知らずにいる場合があり、他人のほうが先に気づきやすい。狩谷鷹羽は飛英の二面性を垣間見た人物のひとりで、礼慈郎もまた、地方をめぐる旅の最中さなかで経験することになる。

 並原なみはら集落には、一軒の旅館が立っていた。村民は数名ほどで、高齢者ばかりである。

「こんな山奥に、よくぞまあ、いらっしゃいました。たいしたおもてなしはできませんが、ごゆるりと、おくつろぎくんなせぇ。」

 という旅館の浴衣を着た老人は、旅人を部屋へ通したあと、茶器と和菓子を運んできた。飛英は扉口で受け取り、座椅子に腰掛ける礼慈郎の前においた。

「お茶、のみますか?」

「ああ、一杯もらおう。」

 茶筒の蓋をあけ、急須に茶葉と熱い湯をそそぐと、湯呑みへぐ。「どうぞ」といって差しだすと、礼慈郎はひと口のんだ。旅館までの道のりは半日以上かかり、西陽は沈みかけている。最寄もよりの駅舎からバスにのり、降りた地点からは徒歩で向かった。道路の舗装がされていない山道や急坂を草履で歩く飛英は、躰が重たく感じた。

「疲れているならば、少し休め。」

 礼慈郎は押入おしいれを指で示していう。飛英は素直にしたがい、畳のうえに布団を敷くと、足袋たびを脱いで横になった。天井から吊りさがる豆電球から、ちりが落ちてくる。襖の障子紙はあちこち破れ、部屋の四隅には蜘蛛の巣があった。辺鄙へんぴな土地につき、宿泊客など滅多にいないのだろう。礼慈郎は手帳をひらき、視線を落としている。

 夕食の時間になると、部屋へ膳が運ばれてきた。白米に味噌汁、漬物に焼き魚といった、普段の食事とさほど変わらない料理が皿に盛りつけてある。無表情で箸を動かす礼慈郎と、なんとなく気詰まりな食事を終えた飛英は、ひとりで湯を浴びに風呂場へ向かった。錆びた風呂釜に薪がべてあり、パチパチと火の粉を散らしている。脱衣所で裸身になり、肩まで浸かると、湯かげんは少し熱いくらいだった。部屋に戻ると、礼慈郎の姿はなく、円卓には手帳が放置されていた。

「……こんな遅くに、どこへ行ったのでしょう。」

 窓辺に坐りこんで礼慈郎の帰りを待つが、いっこうに戻る気配はなく、時刻は深夜になった。板張りの廊下がきしむ音で微睡まどろみから醒めた飛英は、旅館の浴衣を着た礼慈郎と目が合った。外出したついでに、湯も浴びてきたらしい。ふたつ敷かれた布団の片側へ坐ると、腕組みをして眉を寄せた。そのとき、飛英の声は、女のような高い抑揚のある調子に変化した。

『コソコソと番犬みたいに、いったいなにを嗅ぎまわっているのかぇ。』

 顔をあげた礼慈郎は、躰をすり寄せてきた飛英に首を絞められた。薄い口唇くちびるは紅をさしたようにあかく、筋のない白い指先は咽喉のどを圧迫してくる(呼吸が止まるほどではない)。

「きさま、何者なにものだ。」

『あたしは、あたしさ。名前なんかどうでもいいよ。……さあ、軍人さん、どちらが先にこわれるか、試してみようじゃないか。手加減はいらないわぇ。』

 飛英は、礼慈郎の目の前で浴衣の帯をほどいて裸身はだかになると、ストリップ劇場で披露した額縁ショーのポーズを取りはじめた。片足を高くあげ、30秒ほど静止する。そのすきに礼慈郎も浴衣を脱いで裸身になると、飛英の腕を引き寄せ、布団のうえに押し倒した。

「……いい度胸だ。このおれに勝てると思うなよ。」


✓つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル

こじらせた処女
BL
 とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。 若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

おしっこ8分目を守りましょう

こじらせた処女
BL
 海里(24)がルームシェアをしている新(24)のおしっこ我慢癖を矯正させるためにとあるルールを設ける話。

処理中です...