向こう岸の楽園

み馬

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第25回[織原家]

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 地図に載らない村として、並原なみはら集落という場所がある。帝都から遠く離れた山奥には、そういった周囲から孤立し、数軒だけ建物が残る集落がいくつも存在した。士官学校で情報を集めた礼慈郎は、飛英を連れて実際に見てまわることにした。素性のしれない相手を、由緒正しい血筋の屋敷へまねくことはできない。すべては、飛英を利玄りげんの一族に紹介するための方策であり、筋さえ通しておけば、文句は云わせないという礼慈郎の魂胆である。

 朝はやく、着がえをすませた飛英は、書斎へ顔をだした鷹羽に切符を渡された。「手荷物は必要ない。今すぐ駅舎えきへ行け」という。そのさい、こめかみの絆創膏が気になった(鷹羽は何が起きたのかしらせていない)が、飛英は「わかりました」と頷き、素手からてのまま家をでた。駅舎の屋根が見えてくると、礼慈郎が立っていた。襟つきのホワイトシャツにズボンといった私服で、右手に旅行鞄を提げている。

「礼慈郎さん? お、おはようございます。」

「急げ、出発の時間だ。」

 ふたりは速足で改札口を抜けると、ちょうど汽車が到着した。平日の朝につき、通勤に利用する人々が目立つ。礼慈郎は最後尾の車両へ落ちつくと、飛英と向かい合って坐った。まもなく汽笛が鳴りひびき、ゆっくりと走りだす。

「……あの、これからどちらまで行かれるのですか?」

「まずは山間部さんかんぶを目ざす。地図にない集落を、いくつか訪ねてまわる。」
 
 礼慈郎は端的に述べると、水筒の蓋をあけてひと口のみ、残りを差しだした。飛英は「あ、ありがとうございます」といって受け取り、口をつけず膝にのせた。礼慈郎とふたりきりの状況は、むやみに緊張するため、水筒へ視線を落として目が合うのを避けた。礼慈郎は、ストリップ劇場の責任者(花園はなぞの)と連絡をとり、飛英がどこから流れてきたのか、事前に調べていた。

「遠縁の家から追いだされたそうだな。原因は、その額の痣なのか。」

「え? あ……、おそらく、そうだと思います。わたしは、気味の悪い子と云われて育ちました。……誰かと話すのも下手で、友だちもいません。勉強も運動もできず、何をやってもうまくいかなくて……、」

 飛英は必要以上にしゃべっていたが、礼慈郎は黙って聞き流した。織原という姓の発祥地は不明だが、山奥に残る小さな集落を調べていけば、手がかりを得られるかもしれない。幼いころの記憶が曖昧あいまいな飛英は、出生の過程をあばかれることになるが、とくに異論はなく、両親の眠る地にたどりつくことは本望だった。遠縁の者たちに訊ねても、何も教えてはくれなかった。

「わたしはずっと、父と母のお墓参りをしたかったので、礼慈郎さんが見つけようとしてくださるなんて、ありがたい話です……。」

「苗字というのは、いわゆる血筋の系統であり、跡継ぎがいなければ絶滅してしまうからな。織原という姓も、現在は名乗る者が少ないのだろう。」

 飛英は車窓へ目を向け、遠ざかっていく景色を見つめた。帝都の闇市へ身を投じたとき、ふたたび地方へ戻るつもりはなかった。しかし、どこへ行っても忌み嫌われる理由は、自身の適応能力の低さだけが原因とは思えなかった。強い確執かくしつのような空気を、幼子おさなごなりに感じ取っていた。汽車に揺られて過ごすうち、飛英は浅い眠りに落ちた。数時間後、ガタンッという大きな振動で目を覚ますと、車窓から見える景色は、緑濃い山合やまあい田舎いなかに変わっていた。


✓つづく
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