向こう岸の楽園

み馬

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第23回[性的衝動]

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 ストリップ劇場から身請され、狩谷家に下宿する飛英は、その晩、寝苦しさのあまり、夜半に目を覚ました。

「……胸が……痛い……、」

 鈍痛どんつうのような症状を自覚して起きあがると、浴衣の帯を解いてえりをひらいた。そうすることで呼吸が楽になり、しばらく安静にしていたが、こんどは生理現象をもよおした。かわやへ向かうため廊下にでると、和室の障子戸から電灯あかりれていた。原稿のしめきりが近い鷹羽は、丸2日、卓子つくえのうえの白紙とにらみ合っている。

「……鷹羽さん、だいじょうぶでしょうか、」

 事前に宣言したとおり、食事すら抜いて作業に集中している。飛英にできることは、執筆の邪魔をしないよう、なるべく静かに過ごすことだった。礼慈郎とは、あれから3日ほど逢っていない(羊羹は甘くておいしかった)。

 厠で用を足すと、いつのまにか胸の痛みは消えていた。ホッとして気がゆるんだ瞬間、突然、激しい頭痛に襲われた。「うっ」と顔をしかめて前のめりになると、全身の肌が黒ずんでゆく錯覚に捉われた。実際は頭痛がするだけで、皮膚の表面は肌色のままだが、飛英は背筋がゾッとして、躰が硬直こうちょくした。尻をついてヘタり込み、動けなくなっていたところへ、鷹羽が通りかかった。

「……誰か、そこにいるのか?」

 廊下の暗がりに人影を発見した鷹羽は、また幽霊があらわれたのかと思い、すぐには歩み寄らず、手にした燭台の蝋燭で姿を照らした。人影の正体が飛英であることを確かめ、そばまで近づく。

「どうした、具合が悪いのか、」

 帯を結び直さずに書斎をでた飛英は、浴衣の衿が大きくはだけていた。白い首筋を下降して見える胸の突起は、紅梅の花が咲いたかのように緋色に染まり、かたく隆起している。性的興奮による一時的な反応だが、鷹羽は眉をひそめた。

「……きみは、はなぶさなのか、」

 独り言のつもりで口にしたが、返事があった。

あたし、、、は英じゃないよ。』

 突如、変化を示した口調に、鷹羽は息をのんだ。ついに出現した人格は、白い指で鷹羽のほおを撫でると、互いの口唇くちびるが触れる寸前まで首をのばしてきた。

『ねぇ、先生。おまえさんの接吻は、あの男、、、より官能的でよかったわぇ。もっとしておくれよ。』

「……だ、誰だ、きみは、」

『名前なんかどうでもいいよ。それよりはやく、あたしを好きにおし。』

 鷹羽の胴体に巻きついてくる飛英の言動は、もはや別人である。鷹羽は数秒ほど悩んだが、飛英の肩を摑んで突き放すと、主導権を奪い返した。

「やけに挑発的だな。今のきみが正気とは思えないが、誘われたからには抱いてやる。据え膳食わぬは男の恥だ。」

『そうこなくちゃ、おもしろくないわぇ。』

 口唇の端を浮かせて笑う飛英は、前髪を指でかきあげた。暗がりでも目視できるほど、額の痣は濃くなっている。鷹羽は飛英を抱きあげて書斎の布団へ押し倒すと、邪魔な浴衣を脱がせた。ふたりとも裸身はだかになり、肌を密着させて接吻をくり返していると、雷鳴が轟いた。激し過ぎる雨音が天井にひびく。ほんの一瞬、雷雨に気を取られた鷹羽は、腹部に蹴りを喰らい、表情をゆがめた。

あんた、、、も、あたしをだますつもりかい! そんなことをしてご覧よ。こんどは逃さないわぇ。』

 なにやらいかりをあらわにする飛英だが、身に覚えのない鷹羽は茫然となり、雨は勢いよく屋根を打ちつけた。


✓つづく
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