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第33話
しおりを挟む外傷は見あたらないが、呼吸が弱々しいロンファを抱きあげたジェイクは、洞窟の外へ向かった。周辺の地形は足場が悪く、夜の海は波が高い。ザパーンッと、岩に打ちつけるたび、白い泡が花びらのように舞っていた。
「……ジェイクさん、どこ行くの」
「どこでもいい。今は、できるだけ洞窟から離れたほうが安全だ」
「どうして……」
「誰かに襲われたのだろう?」
「……え」
ジェイクは、裸身のロンファをお姫様抱っこした状態で、さらに東緯を目ざした。予想以上に軽いため、触れ合う箇所は多くとも、ロンファの存在感が薄い。見境をなくしたジョグンに襲われた場所は西側につき、ジェイクは見当ちがいをしていたが、ロンファは否定しなかった。実際、ロンファの頭は少し混乱しているため、ジェイクの腕に身を委ねることで感じ取れる体温が、ひどく心地よかった。
「……ありがとう、ジェイクさん」
ロンファはジェイクの首筋へ、ぎゅっと、しがみつき、瞼をとじた。人間が自分を助けようとしている。それは、初めての経験だった。ロンファを抱きあげたまま、不安定な岩場を歩き続けたジェイクは、切り立った崖下に、身を隠すことができる岩壁を見つけた。
「よし、ここならば見つからないだろう。当分の間、あの洞窟には近づくなよ」
「……わかった」
ジェイクはシャツを脱いでロンファに着せると、フッと、笑みを浮かべた。自分が〈水竜の化身〉だとすれば、ロンファは何者として扱うべきなのか、ふと、真面目に考えた。クムザは、かつて〈ロンファン〉と呼ばれた水色の髪をした青年が、海に還ったという。ロンファ自身は、海で水霊の子を宿した人間が、赤児を生んだという。
(……どちらの話も民間伝承にすぎないが、海に関係があるようだ。……やはり、ロンファは人間ではないのか? 本人の口から正体を明かしてもらいたいところだが、俺こそ、未だに何者なのか不明だしな……)
ふたりは暗い夜の海を見つめ、沈黙していた。ジェイクは、世間の目をさけて暮らす理由をロンファに訊ねるべきか悩んだが、やむを得ない事情を掘り下げる真似は、気が引けた。
(……ロンファを守ると決めたのは俺だ。下手に追い詰めたくはない)
ジェイクは、そっとロンファの肩を抱き寄せ、恋人との時間を大切にした。
✓つづく
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