青竜のたてがみ

み馬

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第32話

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 虫の知らせ、という言葉がある。不吉な予感や、悪いことが起こる前兆を、潜在せんざい意識が感じ取る表現のひとつである。昼間、ロンファと別れたあと、夜になってから病院を抜けだして浜にやって来たジェイクは、胸騒むなさわぎがした。

「……ロンファ?」

 正確な合流時刻は定めていなかったが、ジェイクが浜へ向かうと、いつも先にロンファが佇んでいた。しかし、今夜は姿が見あたらない。ただそれだけで、海岸には不穏な空気が流れた。ジェイクは、すぐさま洞窟へ向かうことにした。

(なんだ、この感じ……。ロンファの身に何か起きたのか?)

 月明つきあかりをたよりに、立入禁止の岩場を越え、洞窟の突き当たりまで急いで駆けつけたジェイクは、衝撃を受けた。裸身はだかのロンファが、股のあいだから血を流して倒れている。

「ロンファ!!」

 肩を抱きあげて首のうしろを支えると、うっすらとまぶたけたロンファと目が合った。

「ジェイク……さん……」
「どうした、何があった?」
「……ごめん……なさい」
「なぜあやまる」
「や……約束……、浜に……行けなくて……」
「そんなことは気にするな。怪我けがをしたのか?」
「……へ……平気、痛くない」
「だが、股に血がついてる。見せてみろ」
「……あ……」

 ジェイクが太腿に手のひらを添えると、あのとき、、、、と同じ甘い匂いが漂ってきた。ジェイクは一瞬、頭の芯がクラッとしたが、ロンファの状態確認を最優先し、股のあいだを注視した。左足の黒い紐に、異常はない。つまり、ロンファが誰かと性通した可能性は低い。見るかぎり、どこにも傷痕はない。太腿に流れた血液も凝固しているため、ジェイクは内心ホッとした。

さわるぞ」

 といってから、ロンファの男根を軽くにぎると、念のため睾丸や陰茎の裏側も確認した。続けて、膝をひらいて消化管(性交時の挿入部)をのぞき込もうとすると、ロンファから「いやっ」と、短い言葉で拒絶された。

「……俺に見られたくないのか?」
「……う……うん」
「そうか。……しかし、そこ、、は、いずれ俺たちにとって大事な部位でもあるから、怪我をされて困るのは、キミだけではないぞ」
「……ジェイクさんが……困るの……なんで」
「性交できないからに決まってるだろ」
「あ……、そ……そうか。ぼくのなかに……ジェイクさんが入れない……んだね……。ご、ごめんなさい。……み、見てもいいよ」

 ジェイクの話術にほだされたロンファは、パカッと股をひらいて見せる。あまりにも無防備な姿に、ジェイクのほうで欲情しそうになるが、怪我の原因を知る必要があった。

(あり得ない体位ポーズだな。俺を信用していなければ、こんなふうに身を任せるはずがないとしても、さすがに興奮してきたぞ……)

 白い肌にはつやがあり、ジェイクの指先は、やわらかくてなめらかな質感を捉える。うっかり目的を逸脱しそうになる欲望を抑え、傷の在処ありかさぐった。しかし、ロンファの皮膚は、どこも負傷していなかった。

「もしや、この血液はキミのものではないのか……?」

 真相を云い当てたジェイクに顔を見据えられたロンファは、不安げな表情へと変わる。

(いったい、誰の血だ? 魚の血ではないのはたしかだろう……。つまり、洞窟ここで島民に襲われたのか? だとすれば危険だ。今すぐ、べつの場所に隠れたほうがいい……)

 ジェイクの思考は、次第に脱線していった。


✓つづく
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