青竜のたてがみ

み馬

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第24話

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 数日ぶりに顔を合わせたロンファは、暗い表情を向けてくる。ジェイクは腕をのばし、青年のひざを抱きあげた。

「軽いな。お姫様になった気分はどうだ?」
「え……」
「こうやって、肩と膝を支えながら運ぶことだ」
「……た、高い」
「怖ければ、つかまっていろ」

 お姫様抱っこされたロンファは、ジェイクの首筋へ細い指を添えた。宙に浮いた爪先から、海水がキラキラと涙石のように落ちる。ジェイクは花畑に恋人をあお向けに寝かせ、躰ごとおおいかぶさった。

「ジェイクさん……」
「ここならば、いいだろう?」

 現在地は立入禁止の花畑につき、誰かに目撃される心配はない。ジェイクは、ロンファにそっと口づけた。

「んっ、ジェイク……さ……ん……」

 青年は急な展開に驚いたが、ジェイクが舌をからめても抵抗せず、手足の力を抜いた。ふたりきりの時間は貴重だが、たわむれてばかりもいられない。

「ロンファ、教えてほしいことがある」
「……な、なにを」
「……ファブロス島には、水竜伝説があるようだが、おまえも知っているのか?」
「……知ってる」
「どんな伝説か聞かせてくれ」

 ジェイクは、ロンファのほおを指で撫でながらたずねた。水色の眼が、涙でうるんでいる。青年の唾液だえきは、海水ほどではないが、うっすらと塩からい。接吻する前に海で泳いでいたのかと想像したが、肩までのびる髪は濡れていなかった。会うたびに、ふしぎな感覚に捉われる青年だが、ジェイクは上体を起こし、性行為を中断した。

「ロンファ」

 青年は涙がこぼれないようにまぶたをとじていたが、そのまま眠ってしまいそうなので、ジェイクは肩を揺り動かした。

「ロンファ、なぜ、そんな顔をする」
「……そんな顔って」
「悲しいのか?」
「ち……がう……」
「おまえの気持ちを知りたいと思うのは、よけいなことか?」
「……ううん」
「ならば、むやみに緊張しなくていい。俺たちは恋人同士だろう」
「……うん」
「俺は、おまえを裏切らない。性交もやさしくする。だから、そのときは安心して身をゆだねろ」

 ジェイクは口の端を浮かせて笑みをつくると、ロンファは「ありがとう……」と、礼を述べた。それから、肩をならべて座り、青年のほうから語り始めるまで沈黙した。潮風が心地よく吹いてくる。

「……水竜伝説は、ぼくの父さんから聞いた話で、……新月しんげつの夜、海に身を投げた人間と〈水霊すいれい〉が偶然まじわって、赤児あかごが産まれたそうです。……赤ちゃんの手足には七色なないろに光るウロコがあり、数時間で成長し、海を自由に泳ぐことができたとか……」

 クムザやプルプァから聞いた話と異なるが、ジェイクは静かに耳をかたむけた。

「……水竜は、海で誕生した人間と水霊の子で、地上で暮らすことはできません。……でも、ある夜、ひそかに陸へあがってしまい……」

 ロンファは、自分の身におきた悲劇のように、苦しげな表情をした。

「どうした?」 
「……す、すみません」
あやまらなくていい。ゆっくり息を吸え。それから吐きだすんだ」
「はい……」

 ロンファはジェイクの言葉にうなずき、ゆっくり深呼吸した。細い肩を抱き寄せると、互いの心臓が、ドクンドクンと、強く脈打つ音が聞こえてくる。残念ながら、そろそろ時間切れである。ジェイクは、戻らなければならない。ロンファが立ち入ることのない人間の世界へ。だが、青年の存在を大事に思うジェイクは、支える覚悟を決めた。


✓つづく
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