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第22話
しおりを挟む鯨の一件後、ジェイクの行動は注目されやすくなり、島民に気づかれないよう、立入禁止の洞窟まで足を運ぶことが、かなり厳しくなっていた。だからといって、恋人を放っておくことはできない。そこでジェイクは、島に夜の帳が下りた頃、病室の窓から抜けだし、こっそり会いに向かった。
「ロンファ」
蔦の境界線を越え、洞窟の突き当たりまでくると、波の音しか聞こえてこず、青年の姿もない。洞窟は一方通行につき、どこかですれ違った可能性は低い。
「ロンファ」
だが、ジェイクの呼びかけに反応は得られなかった。今夜は薄暗い宵待月で、こんな時刻に海へ泳ぎにいったとは考えにくい。ジェイクは、この場に待機すべきか、ロンファを捜しにいくべきか、少し悩んだ。木製の椅子に、ジェイクの上衣が引っ掛けてある。紺色の生地で、上等な縫製だった。海軍の紋章が刺繍されていたが、ジェイクはなにも感じなかった。むしろ、自分の正体が、堅苦しい上流階級の人間なのではないかと疑って、嫌気がさした。島で暮らし始めて1週間ていどだが、長閑な日常に不満はなく、誰にも気をつかう必要のない生活は快適だった。
「……あいつ、帰ってこないつもりか?」
クムザに見つからないよう病室を抜けだして来たジェイクは、ムダに長居するわけにもいかない。ロンファの元気そうな顔を見たら、小一時間以内に戻るつもりだった。ジェイクは洞窟の前へ移動し、さらに数十分が経過した。そろそろ時間切れが近い。捜しにいくべき判断を誤った気分になるが、きょうのところは帰ることにした。墨をこぼしたかのような空に、ぼんやりと浮かぶ宵待月を見あげ、なぜ記憶を失うことになったのか考えてみた。
(このあいだの帆船の残骸……、もし、あの船に俺が乗っていたとしたら、ほかの連中は誰も助からなかったのか……? 本当に俺ひとりが、この島に流れついたのかもしれん。だとしても、どこから出航した? 俺は、どこの国の人間なんだ……)
家族構成は思い出せないが、ジェイクの遭難を報されているのかどうか、いくらか気になった。どこかに、自分の帰りを待つ人がいるかもしれない。ジェイクはいつか、在るべき場所へ、帰る必要があった。たとえ素性が何者であろうと、ファブロス島に残ることはできない。〈水竜の化身〉と呼ばれている内は、島民を利用しているにすぎなかった。
(俺は、どう見てもこの島の人間ではない。それだけは、はっきりしている。……いずれ、帰らねばなるまい。自分の国へ)
ジェイクは手のひらを見つめてから、ぎゅっと、握りしめた。造船の技術など持たないが、海を渡る手段は必須である。しかし、島に大型船はない。まずは明日、ラミルダ長老を訪ね、島からいちばん近い周辺諸国がどこに位置するか、調べることにした。
「ロンファ……」
と、最後にもういちど恋人の名を呼んで振り返るが、ジェイクの低い声は夜の闇に消えた。
✓つづく
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