青竜のたてがみ

み馬

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第12話

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 場面は、洞窟の中へ戻る。しきりに響く雨音が聞こえなくなると、奇妙なほど静まり返った。ジェイクは、手作りと思われる椅子に腰をかけ、地面にしゃがみ込んで小さな貝殻かいがらを数えるロンファを見おろした。無口で無表情に近い青年だが、同じ空間に存在しても嫌悪けんお感はなく、見飽きない容姿の持ち主である。

(こいつはなぜ、ひとりなんだ?)

 せまい洞窟は、隠れて暮らすには適した場所である。念のため、両親はどうしたのかたずねたいジェイクだが、自分の家族構成すら思いだせないため、無意識に眉をひそめた。とはいえ、得られた情報もある。瀕死の状態で海岸に倒れていたジェイクを、最初に介抱かいほうした人物は、まちがいなくロンファだった。その後、なぜかパンツ1枚の姿で道端みちばたへ放置されたが、傷の手当ては完璧だった。

(どこにもそれらしき傷痕きずあとはないが、たしかに俺は、怪我けがを負っていたようだ……)

 血のついた布に目を留め、ジェイクは顔をしかめた。外傷があったにしては、回復が早すぎる。いったい、どのような特効薬をもちいたのか、あまりにも謎すぎた。

「ロンファ」
 
 名前を呼ばれた青年は、パッと顔をあげた。とりあえず、ジェイク的に気になる箇所かしょを指摘した。

「おまえの左足だが、その黒いひもはなんだ? 股のつけ根に結んであるようだが、どんな意味がある?」
「これ……は……」
「まじないのたぐいとか?」
「……そうじゃない」
「だったらなんだ。はっきり云え」
「……せ」
「せ?」
「……性交せいこう……するまえ……だから……」
「なんだと」
「……抱かれるまで……取れない」
「つまり、誰かとする、、予定があるのか?」
「……うん」

 ロンファの口調は舌足したたらずなうえ、歯切れが悪い。ジェイクは深い息を吐くと、青年の正面へ移動して、片膝をついた。

「文脈の流れを察するに、おまえは受け身、、、だな。……それで? 相手は誰だ。どうせ島の男だろうが、どこのどいつか教えろ」
「……し……知らない」
「知らない男と寝るつもりか」
「……たぶん」
「おい、ふざけるなよ」
「ふ、ふざけてない。……すごく大事なこと……」
「だとしても、そんな真似まねは俺が許さない」
「……なんでジェイク、、、、さんが」
「おまえが傷つくからだ」
「……きず、どこに」

 ジェイクは、ロンファのシャツの上から薄い胸もとに手のひらを添え、「心だ」と告げる。

「こころ……」
「そうだ。おまえは好きでもない男に身を捧げて、心の底から満足できるのか?」
「わからない……けど……」
「たのむからやめてくれ」
「どうして……」

 ジェイクもまた、ロンファに名乗った覚えはないが、そんなことは気にならなかった。青年の左足から黒い紐がかれた時、それは誰かと肉体関係におよんだ既成事実きせいじじつを意味する。逆に、紐が結んであるうちは、ロンファはおのれの純潔を証明できた。ジェイクは、知らぬ間に黒い紐が解かれる結末を、のぞまなかった。ロンファを抱くべき人間は、自分自身ではないかという義務感に捉われる。途惑とまどうロンファを見つめ、思わず微笑びしょうした。

「相手が誰かとか、そんなことはどうでもよくなった。いいか、ロンファ、俺以外の人間を信用するな。俺は〈水竜の化身〉だ」

 ジェイクの突飛な告白に、ロンファは、ふしぎそうな顔をした。


✓つづく
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