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第8話
しおりを挟む生温い風が吹いている。朝はよく晴れていたが、午後から雲行は怪しくなり、通り雨を予感させた。なるべく島民に見つからないよう、ゆっくり移動していたジェイクは、ポツポツと小粒の雨にふられた。しかたなく、大きな植物の下で雨宿りをする。緑の葉のすきまから、蜘蛛の糸のような水滴が肩に落ちてくる。1時間ほどでふりやみ、青空に変わった。遠くの入江に、漁師たちの小舟が見えている。突然の雨に、人影は疎らだった。
洞窟さえ見つかれば、そこにロンファがいなくても待ち構えればいい。そう考えて再び歩き始めたジェイクは、さらに1時間後、ようやく立入禁止の看板を発見した。
「……ここか」
よくわからない植物の蔦で、境界線ができている。先ほどの雨のせいで、雑草が生繁る足場は滑りやすくなっていた。目ざす洞窟は岩の中にできた地下の空間である。ジェイクは境界線をまたぐと、それらしき縦穴を探した。視線を周囲へ配りながら進むうち、せまい砂地に、ロンファが立っていた。洞窟より先に青年の姿を見つけたジェイクは、いったん距離をあけ、ようすを窺うことにした。むやみに近づいては、昨日のような金縛りに遭う危険性がある。どこかふしぎな印象を受ける青年につき、ジェイクはロンファこそ〈水竜の化身〉と呼ばれる存在ではないかと疑った。
(……うん? あれはなんだ。紐か?)
ロンファのうしろ姿を観察していると、シャツの裾から細い何かが垂れている。黒い物体の正体は、吹き込んできた風により判明した。麻布の裾がふわっと浮きあがると、形のよい白い尻と、太腿のつけ根から結んである長い黒紐が見えた。下着は身につけておらず、今、ロンファが背後を振り向けば、恥部がジェイクの目に留まるだろう。しかし、青年はじっと海のほうを見つめ、ぴくりとも動かない。
(あいつは本当に男なのか? 遠くからだと、女のようにも見えるな……)
ロンファの身長は167センチほどで、島民の平均より少し高い。水色の髪が風に揺れるたび、白い首筋が妙に色っぽく見えた。なにより、ジェイクはロンファの裸身を思い浮かべ、性欲を処理したばかりである。本人を前に、ゾクッと、細胞が反応したジェイクは、足音に注意しながら接近を試みた。残り1メートルほどの距離まで近づいたとき、異変が起きた。
「……うっ!?」
と、思わず呻き声をあげると、ロンファがハッと、振り返った。頭の芯がグラつくばかりか視界がぼやけるジェイクは、その場に片膝をつき、甘いにおいに眉をひそめた。はちみつのような、ねっとりとした香気を感じる。
(なんだ、これは……)
いちど晴れた空が再び暗くなり、ドシャーッと、大量の雨をふらせた。ジェイクはまさかと思いつつ顔をあげ、「おまえがやっているのか?」と、ロンファに問う。青年は、ふるふると横に小さく首をふって否定した。ジェイクは、そのしぐさに気が抜けて、「フッ」と微笑した。激しくふりつける雨のせいで、ロンファのシャツは、ぴったり肌に張りついている。片膝をつくジェイクの目の高さに青年の下半身があり、雄性器官らしき膨らみを確認できた。つまり、ロンファの性別は男である。そう確信したとたん、ジェイクは、なぜか安堵した。
✓つづく
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