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最終章
第167話
しおりを挟む一夜にして、頭の整理が追いつかない経験をした亮介は、小屋まで自力でたどりつけず、裏庭で大の字に転がり、朝まで眠ってしまった。キールは、亮介の右腕を枕にして丸くなり、からだを休めた。大熊とキツネは、ミュオンが沈む溜池に残り、朝がくるのを待った。
ゆるゆると目を覚ましたミュオンは、静かに浮上すると、樹々の葉の隙間から射しこむ朝陽に目を細めた。
『おまえたちは……』
キツネは熟睡していたが、大熊は一睡もせずに起きていた。
「あんた、何人子どもを産んだんだ」
『……わたしは、ひとりも産んだ覚えはありません』
「否、少なくとも、男児ひとりを確実に産んでいる。オレは、この眼で見たぞ」
精霊に粗野な口をきく大熊は、生まれつき左目が開かない。先天性疾患だが、右目は正常につき、周囲が思うほど不自由はなく、行動範囲はひろい。ミュオンにとって大熊とキツネは、森に棲む半獣属の一部にすぎない。面と向かって会話に応じるほど、親しい関係性ではないため、余計な言及をやめにした。太陽が完全にのぼるまえに、小屋に向かうのが日常となっているミュオンは、4枚の羽を背中に折りたたむと、地面に足をつけて歩きだす。
「待て、話は終わっておらん」
キツネは、大熊の足音で目を覚ました。「兄者、待ってくだせえ!」といって立ちあがると、「おまえはそこにいろ」と、追従を制された。
「兄者……」
ミュオンを追いかける背中が見えなくなると、キツネは妙な胸騒ぎがした。命の恩人である大熊の片目になって動くことが自分の役割だと思ういっぽう、強者の影に隠れ、身を守るのに利用しているのではないかという罪悪感にとらわれた。自分の弱さを知ったとき、他者の強さに憧れるものである。どんなに努力しても達成できない目標は、やがて自信喪失へとつながり、自己嫌悪に陥ってしまう。まぶしすぎる存在は(たとえ本人がなにもしなくても)、周囲に暗い影を落としてしまうのだ。
「兄者、そろそろ潮時やもしれませんぜ。スカしたオオカミ野郎に、精霊の出産シーンなんか視せられちまったら、悔しいけど、もう身を引くしかないでしょう……」
どんなに切望しても、手に入らない心がある。困難をもたらす状況や問題は、己の考え方を変えて対処していくしかない。大熊は、ハイロに恋路を譲ることで、これまでの謂れから解放されるのだ。キツネの心配をよそに、小屋が見えてきた矢先、ミュオンに追いついた大熊は、細いからだを押し倒し、ニッシュの衣服を長い爪で、ビリリッと、引き裂いた。
『なんの真似です!』
「黙れ、おとなしくしていれば、怪我をさせるつもりはない。……これでようやく、あんたの肌に触れることができる」
ミュオンに蔽いかぶさった大熊は、淡い桃色の乳首を舌で舐めまわした。早起きして外にでてきた人型のハイロは、まさかの光景を目にして駆けつけた。
「大熊、そこでなにをしている」
「見てわからないのか。おまえの大事な水の精霊とやらを、味見している最中だ。……ほらよ、こっちも、きれいなカタチでうまそうだ」
大熊は、険しい表情で見据えるハイロを挑発し、ミュオンの雄性器官に爪を立てた。『あンッ』といって、腰をふるわせる水の精霊は、なぜか無抵抗で、大熊の無礼な手つきを赦している。さすがに、目のまえでミュオンを好き勝手にされては腹が立つハイロは、「今すぐやめろ!」と語気を強めて威圧した。
★つづく
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