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最終章

第165話

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 水の精霊は、無表情に近い。湖畔に顔をそろえる亮介やキール、大熊やキツネの姿を見ても、なにも反応を示さなかった。

「……ミュオンさん、きれい」

 月明かりが照る水面に浮遊する精霊の背後に、オオカミが佇んでいる。先程までキールが立っていた場所につき、亮介は目を凝らした。

(あれは、幻影まぼろし? ……これは夢……じゃないよね)

 クマに首筋を咬まれたとき、それなりに痛みを感じたため、現実であることを認めた。しかし、夢を見ているとしか思えない現象がつづく。溜池ためいけと同じ大きさの泉水いずみが出現し、そこには裸身はだかのミュオンが腰まで浸かっていた。

(ミ、ミュオンさんが、ふたり!?)

 キールやクマにも見えているようで、その場にいる全員が息を呑んだ。神秘的な幻影を見せるオオカミは、たびたび亮介の前にあらわれ、なにも語らず姿を消してしまうが、今夜だけはいつもとちがった。


 沈黙は神秘、覚醒は栄光 
 
 人間ひとの子よ
 半獣たちよ
 精霊にかかわってはいけない
 あの子、、、の存在は
 あまりにも異形……
 森のあやまちは
 粛清しゅくせいのときを越え
 水の精霊ミューオンは純化した
 もはや、過去を思いだす必要はない

 沈黙は神秘、覚醒は栄光 

 去れ、人間にんげん
 去れ、半獣
 すべては虚無にして
 己の道標みちを正せ


 オオカミ自身は口を動かしておらず、頭のなかに直接低い声が響く。キールたちも、亮介と同じ体験をしていた。どうやらオオカミの幻影は、ミュオンに近づくなと警告しにきたようだ。もとより、水の精霊は人間や半獣と深くかかわりすぎているフシがあり、分化した今、あるべき自然の摂理を取り戻す好機チャンスだといえた。

(それってつまり、ミュオンさんには、なにも話すなってこと? 僕は、過去を思いだしてほしいのに……)

「なんでい、あのスカした大神オオカミはよ」と、キールがぼやく。その横で「上から目線でムカツクぜ」と、キツネが舌打ちをする。互いにムッとして顔を見合わせたあと、「けっ!」といって反対側にそむけた。

(なんか、キールとキツネさんって、似たもの同士みたい) 

 緊張感が漂うなか、不仲でありながら意気投合する2匹のやりとりを見た亮介は、無意識にホッとした。かたわらの大熊は、出現した泉水にひたり、月光浴をする水の精霊ミューオンの白い肌を、じっと、ながめていた。

(勘ちがいだったら、申しわけないけれど……、クマさんがミュオンさんに執着する理由って、気づかないうちに心酔しんすいしてるからなンじゃないかな。ハイロさんが邪魔なのは、恋敵こいがたきだからとしか思えないんだけど……)

 神秘的な水の精霊ミューオンは、同属性のなかでも、とくに美しさが際立きわだつ存在である。地の精霊ジェミャが意図的ににおわせる、、、、、妖艶さはないが、誰もが魅入みいってしまう部類の容姿をしていた。

(うっ、なんだか盗み見してるみたいで、恥ずかしくなってきた!)

 いくら幻影とはいえ、生まれたままの素肌を隠すものはなく、透明な泉水の下で性毛のない局部が見えている。大熊は熱心に観察していたが、亮介は、溜池ためいけの水面に浮かぶミュオンのほうへ目線を変えた。キールも、ミュオンに向かって声をかける。

「やい、ミュオン! ぼんやりしてンな。早くこっちに来いよ。おいらはイタチのキールだ! わかるだろ!?」

 名前を呼ばれた新生ミュオンは、フッと顔をあげ、微かに笑みを浮かべた。

(ああ、ミュオンさんだ。やっぱり、あの精霊ひとは、ミュオンさんそのものだ!)
 

★つづく
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