164 / 171
最終章
第164話
しおりを挟む風が吹き抜ける音も、フクロウが啼く声も、水面にゆらぐ波紋さえ無音になった。キーンと長い耳鳴りがして、亮介は顔をしかめた。圧倒的な存在感を放つなにかが、背後に迫っている。ふり向くには勇気が必要だ。襲ってくる気配はないが、まっすぐ見られている視線は、からだを貫通して痛むように感じた。
(だ、誰なんだろう。……さっきより近づいてる? こわい、こわい、どうしよう!)
心のなかでミュオンを呼んでも、深く沈んで眠りにつく水の精霊は、目ざめるようすはない。亮介ひとりきりのときにかぎって、肉食獣と出喰わしてしまった状況に、頭はプチパニック状態となる。
(そうだ、水のなかへ逃げれば、相手は追ってこれないかも!?)
思いきって溜池に隠れようとした瞬間、ガブッと首筋に咬みつかれ、地面に引きずり倒された。
「うわーっ!!」
食われると思って絶叫した亮介だが、すぐさま「あれっ」といって目を丸くした。
「大熊さんと、キツネさん!」
いつかの2匹と遭遇した。どちらも肉食を好む半獣属で、大熊に至っては、ミュオンに執着し、ハイロを敵視する厄介な性格の持ち主である。久しぶりに顔を合わせた両者だが、大熊からは以前のような殺気を感じなかった。首筋を咬んだ顎の力も、皮下脂肪に牙が食い込まないよう、かげんされている。
「なんだ、その顔は」と、クマ。
亮介は条件反射で「へ?」と首をかしげた。恐怖した背後の気配の正体は、断じて、彼らではない。亮介は、「あの」と質問した。
「あなたたち以外に、誰かいませんでしたか」
「誰も……」と、クマ。溜池をのぞきこむキツネは、水の精霊を発見して「いやしたぜ、兄者!」と声をあげた。
(どうしよう、このふたり、まだミュオンさんを狙ってるの? 水底にいるミュオンさんは、なにも知らないのに……)
この辺りは肉食獣の縄張りにつき、クマやキツネに見つかってもおかしくはない。むしろ、きょうまでよく鉢合わせなかったくらいである。分化したミュオンに至っては、過去に因縁のある2匹の件さえ、忘れてしまっている。大熊は、のしのしと湖畔に歩み寄り、水底で仰臥するミュオンを確認した。その視線は、やがて対岸へと向かう。つられて顔をあげた亮介は、「あっ」と短く叫んだ。
「キール!!」
「いよう、リョースケ」
亮介がキールと名付けた、イタチ科の半獣属が2本足で立っている。キールが別行動を始めてから数十日しか経っていないが、何年ぶりかの再会といった錯覚にとらわれた亮介は、胸の奥が熱くなった。
(キールだ! キール、キール!)
ミュオンが出産したこと、リヒトが生きていたこと、新しい小屋での日常など、亮介の頭のなかには伝えたいことがたくさん浮かんだ。キールは、溜池に揺らぐミュオンの寝顔を見つめたのち、ゆっくり湖畔の淵を歩いてきた。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「うわーんっ、キールゥ!!」
亮介は涙目になってよろこび、イタチのからだをガシッと抱きあげた。
「うぐっ! イテェ、イテェ!」
「キールゥ、逢いたかったよ~」
つい、腕に必要以上の力がはいってしまった亮介は、痛がるキールにごめんさいと謝り、大熊とキツネをふり向いた。
「これって、どういうことなの? クマさんたちは、キールといっしょに、僕のあとをつけて来たの?」
「いや、まあ、正確にはリョースケじゃなくて、ミュオンを探してたンだ。おいらは今、クマと勝負のまっ最中なんでよ」
「勝負? なんの……」
予期せぬ再会をよそに、音もなく浮上したミュオンの透き徹った羽の向こう側に、大神らしき幻影が見えた。
★つづく
25
お気に入りに追加
730
あなたにおすすめの小説

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい
めがねあざらし
BL
王国の誇りとされる王弟レオナード・グレイシアは優れた軍事司令官であり、その威厳ある姿から臣下の誰もが畏敬の念を抱いていた。
しかし、そんな彼が唯一心を許し、深い愛情を注ぐ相手が王宮文官を務めるエリアス・フィンレイだった。地位も立場も異なる二人だったが、レオは執拗なまでに「お前は私のものだ」と愛を囁く。
だが、ある日エリアスは親友の内査官カーティスから奇妙な言葉を告げられる。「近く“御子”が現れる。そしてレオナード様はその御子を愛しお前は捨てられる」と。
レオナードの変わらぬ愛を信じたいと願うエリアスだったが、心の奥底には不安が拭えない。
そしてついに、辺境の村で御子が発見されたとの報せが王宮に届いたのだった──。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる