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最終章

第163話

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 異なる生物が生殖をおこない、互いの遺伝子を引き継ぐからだ、、、を出現させることを、世代交代という。また、生殖方法は実にさまざまで、有性生殖にかぎらず、無性世代を形成する生物もいた。

 メスが単独で次世代を残す可能性がある種族のなかに、大蛇も含まれていた。単為生殖たんいせいしょくといって、亮介を丸呑みしかけた黒蛇クロヘビは、まさに雌のみが生みだした個体であり、生まれながらに父親は存在しなかった。 

 母のぬくもりを知らないリヒトと、父のいない黒蛇は、心の底で共鳴する要素を持ち合わせていたのかもしれない。なぜリヒトが、自己犠牲をもってしてまで、黒蛇の空腹を満たしたのか、本人でさえ明確な理由を述べることは難しいだろう。

(でも、誰だって、ひとりぼっちは寂しいよね……。たまにはひとりになりたいときもあるけれど、信頼できる仲間や家族がそばにいてくれたほうが、ずっと心強いもの)

 新居にミュオンとリヒトを迎えた初日、ノネコは知るかぎりの森の記憶を亮介たちに語って聞かせた。ふしぎと、穏やかな気持ちになった亮介は、リヒトの横顔を見つめ、今が幸福しあわせであることを強く意識した。

(もう、だいじょうぶ。ノネコさんいわく、役者はそろったんだ。僕たちは、みんなで楽しく、のんびり暮らしていこう!)

 新たな目標を立てた亮介は、外にでてハイロの作業を手伝い、リヒト用の寝台を完成させた。結局、ミュオンは生活用水として使っている溜池ためいけを寝床にするといって、日が沈むと小屋を去ってしまった。亮介の部屋に完成したベッドを運ぶと、リヒトは無言で寝そべった。ひとりで夜を過ごすミュオンを気にする亮介に、ハイロは「心配ないさ」という。実際、翌朝になると、ミュオンは小屋に戻ってきた。付かず離れずといった具合で、奇妙な同居生活を送ること数日、真夜中に目を覚ました亮介は、寝息をたてるリヒトを起こさないよう、静かに部屋をあとにした。光華石こうかせきを手にして、溜池に向かう。

(まっ暗かと思ったら、けっこう明るいなぁ……。わあ、今夜は満月なんだ。すごくきれい……)

 夜更けの森は、夜行性の動植物が活動する時間帯である。遠くで、フクロウの啼く声が聞こえた。ガサガサと地面の雑草を踏みわけて歩く亮介は、ほんの少し怖いと感じたが、ミュオンが待つ溜池が見えてくると、速足はやあしで近づいた。

 背の高い常緑樹に囲まれた溜池は、紺色の水面に月の姿を映し取っていた。月明かりに照る自然の造形美は神秘的で、風が吹くたび扇状にひろがる波紋に目を凝らすと、水底に人影を発見した。

(いた! ミュオンさんだ……)

 胸のうえで両手の指を交叉させ、まぶたを閉じる姿は、眠っているというより、意識をどこか遠くへ飛ばし、森じゅうの景色を空中からながめているように見えた。亮介は光華石を地面におくと、手をひたそうと腕をのばした。背後に、なにか、、、いる。思わずハッとするが、ふりむきざまに襲われる危険性を考えると、気がつかないふりをしたほうが安全な場合ケースもある。

(うしろに、誰かいる? 僕のあとをつけてきた? もし、ハイロさんやノネコさんなら、向こうから声をかけてくれるよね。……もしかして、リヒト?)

 溜池のおもてに、自分の影が映っている。亮介はゴクッと唾を呑み、池のなかで眠る水の精霊に呼びかけた。

(ミュオンさん、僕の声がきこえる? ……きこえていたら、どうか水底そこから出てきて。お願いします!)

 いつのまにかあたりはしずかで、亮介の鼓動はドクドクと速まった。


★つづく
 
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