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第9部

第160話

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 ハイロの腕は、もさっとして毛深い。半獣属の姿では、どうにも決まらず、残り少ない霊力を使い、人型になって見せた。半獣属の先祖がえりを目の当たりにしたミュオンは、『なんと……』と、驚きの声をあげたが、一糸いっしまとわないたくましい肉体と、雄々しい生殖器官を目にした瞬間、『きゃーっ!!』と叫び、顔を手で隠すという、乙女のような反応を示した。

『な、なんですか、あなたは! 半獣は仮の姿で、ほんとうは人間なのですか!?』

「あ、ああ。おれの祖先は人間だったようだ。この姿は、水の精霊おまえさんの霊力を借りてこそ成立する現象で、人型になれる時間は短くなっている。……できれば、おれの腕が長いうちに、おまえを支えてやりたいと思って」

 恥じらうミュオンも全裸だが、当の本人は気にしていないようすである。ハイロこそ、妙な緊張を覚えて変な顔になった。

『支えるとは、なぜ……? あ、いや、それよりも、その股のあいだのものを、なんとかしてください! 目障りです! 不衛生です!』

「……そいつは、悪かったな。そっちこそ衣服はどうした。そんな恰好かっこうでいたら、発情した肉食獣に襲われるぞ」

 ハイロは肩をすぼめてからノネコをふり向き、「先に行っててくれ」という。ジェミャとリヒト、亮介やコリスにミュオンを連れて帰ることを知らせてほしいのだろうと理解したノネコは、「わかりました」と返事をし、素早く走り去る。その場に残されたハイロとミュオンは、しばらく無言で見つめあい、やがて、互いに腕をのばして抱きつくと、口づけを交わした。

『わたしの精気を吸いとって人型になる半獣なんて、聞いたことがありません』

「だろうな。今のおまえさんには、知らないことのほうが多いはずだ。だが、安心しろ。かならず思いださせてみせる。……もう、どこにも行くな。おれのそばにいてくれ」

『なんですって? まさか精霊をひとめする気ですか? 図々しい半獣ですね!』

「おれひとりの問題ではない。おまえさんには子どもがいる。先祖が残した少年リヒトだ。おれが父親で、おまえが母親なんだよ。夫婦なら、いっしょに暮らしたほうが無難だろう」

『母とは、なんのことですか。あなたが父親? いったい、なにを根拠にそのような戯言ざれごとを……』

 ハイロとミュオンの下半身は密着していたが、互いに至近距離から見つめあう瞳に夢中で、性的な思考はおよばなかった。二度目の口づけを交わし、手に入れた肉体の熱量を確かめるように、舌を絡ませた。ミュオンの口腔から新鮮な霊力を吸いあげるハイロは、華奢な背中を支える腕に力を込めた。けっして離れない。ミュオンの記憶を取り戻せなくても、こうして、姿を見せてくれたことに感謝した。

「……ふたたび、愛しあう必要はない。おまえさんの気持ちは、これからも永遠に自由だ」

『突然、なにを言いだすのですか』

「おれはなにも持たないが、こんどこそ最後まで見まもらせてほしい」

『……ふ、不愉快です! 先程から、ずいぶん身勝手な言い分ばかりですね。わたしを、誰だと思っているのです?』

「分化した水の精霊だろう。ちがうのか」

『そうです。わたしは精霊です。半獣属と生涯を共にするなど、あり得ません』

 ハイロは真実を告げていたが、半獣属のことばなど信用できないミュオンは、たのもしい腕を振りほどき、4枚の羽をひろげて宙に浮こうとした。

「だめだ、行くな」

 ハイロに引きとめられ、少し胸が痛むミュオンは、しかたなく地に足をつけた。しばらく考えた末、かつての恋人を見据えた。

『いいでしょう。あなたの発言が事実ならば、わたしに証明してごらんなさい』


★つづく
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