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第8部

第148話

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 新居として選ばれた小屋は、丸太小屋より古い建物で、あちこち朽ちていたが、手入れをすれば住むことはできそうだった。

 亮介は、ハイロが作った光華石こうかせきのランプを片手に、小屋を照らした。まっ暗な夜道を黙々と歩きつづけ、目的地に到着した一行は、それぞれ疲れきっていた。光華石は、手のひらで転がすとホワッと石全体が光りだす自然物である。石の大きさにより光源を放つ時間の長さが異なるうえ、いちどきりの使い捨てだが、森の至るところで収集しゅうしゅうできるため、亮介はコリスとふたりで拾い集めた。

 引っ越し初日は、移動のみで終わり、小屋の建て直しは翌日から開始した。ハイロは力仕事を担当し、亮介とノネコは材料集めや細かな補修を手伝い、コリスは食べられそうな草花や果実を見つけて動きまわった。大事な水源は小屋の近くに窪地くぼちがあり、溜池ためいけができあがっているため、丸太小屋から持ちだした鍋で火にかけて沸騰させ、飲料水として壺に注ぎいれた。これを2日にいちど行うのが、亮介の日課となる。出産が近いと思われるミュオンは、あまり姿を見かけなくなった。

「あいつなら、きょうも溜池だろう。少しでも水気があるところのほうが、からだにいいらしい」

「そ、そうなんだ。でも、この辺りって、肉食獣もいるんだよね?」

 屋根を修理するハイロは、ミュオンを探して周囲をうろうろする亮介を見つけ、頭上から声をかけた。いくら場所を変えたところで、まだ油断は禁物である。にわかな緊張感が漂う日々がつづき、亮介はキールの代わりにミュオンを手助けしたいと思った。しかし、水の精霊はひとりで過ごす時間のほうが、気楽でからだにも良いらしい。

下見したみをするさい、おれの縄張りをひろげておいた。しばらく他の半獣は寄りつかんだろう」

「え、どうやって?」

におい、、、や足跡を残したり、速贄はやにえを置いてきたり、いくつか方法はある」

 速贄とは、繁殖期でない雄の個体が、春になるまでに食べ尽くす供え物である。捕まえた獲物を縄張り内に点在させ、自分が食べるためにここにくると主張する。スズメ目モズ科モズ族は、昆虫や小型の生物を枝に突き刺したり、木のあいだにはさむ行為は習性である。これは余談だが、飲食や買いもので仲間にだけ代金を払わせ、自分のお金をいっさい使わない百舌勘定もずかんじょうという慣用句もある。

(さすが、ハイロさん。抜かりがない!)

 引っ越しの提案者であるハイロは、新居の下見だけでなく、安全面の確保も徹底し、できることはあらかじめ実行済みである。ゆえに、ミュオンの単独行動を黙認していた。

「リョウスケ、そこのくぎを取ってくれ」

「これ? うん、いいよ。僕も屋根にのぼってみたい!」

「裏にはしごを掛けてある」

 木製のはしごを使い、ハイロの手を借りて屋根にのぼった亮介は、森林域のよどみない新鮮な空気を吸いこみ、ゆっくりと息を吐いた。

「風が気持ちいいね。……半獣属さんや野生動物たちが生きる自然界って、思っていたよりずっとステキだね。たいへんなこともあるはずなのに、みんなイキイキとして、自由に暮らしてる感じは、すごくいいなって思うんだ。僕ら人間は、1分単位でせわしない日常を送っているよ。電車の時間とか、授業中とか、眠るまえだって、あしたの予定を気にして目覚まし時計をセットする。……こんなふうに、のんびりした平和な生活は、なにも起こらなくても充実感があるんだ。ふしぎだなぁ」

 釘を受けとった人型のハイロは、亮介の声に耳をかたむけながら作業を進め、半日で屋根の修理を完成させた。


★つづく
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