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第8部

第136話

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 なにが起きているのか、亮介を探しにいったノネコを待つあいだ、キールはハイロとミュオン、木の枝にのぼり遠くを見ているコリス、その近くで羽を休めている大鳥オオトリシギへ順番に視線を向け、「ちぇっ」と舌打ちをした。


「なんだよ、この状況。おいらは、なにやってんだ? ったく、リョースケなんか、放っておけばいーンだよ。そもそも人間は悪いやつばっかなんだ。森の木を勝手に切っちまうし、仲間の毛皮を売り飛ばすし、フンッ! そうだ、リョースケなんて、べつにどうなっても知るもんか。おいらは、ミュオンさえ無事なら、それでいいさ」


 思い返せば、キールの関心は亮介ではなくミュオンにあった。いくら子どもとはいえ、森林域に身をおく以上、悪さをしないかどうか見張るため、しかたなく共同生活を始めた。それがいつのまにか、家族の一員として打ち解けてしまい、すっかり暢気のんきな暮らしを満喫している自分がいた。実際、畑を耕し、ごはんを作り、水を汲みにいき、みんなで丸太小屋で眠りにつく日々は、それほど悪くはなかった。だが、よく考えてみれば、おかしな状況だった。

「おいらは、ひとりが好きなんだ」

 群れずに単独行動を得意とするキールは、ふと、我に返り、ミュオンを見つめた。かたわらに寄り添うハイロは、それなりに信用できる半獣である。灰色大熊がミュオンの支えとしてそばにいるかぎり、生まれてくる赤ん坊は幸せになれるだろうと思った。

潮時しおどきかもしれねぇな」   

 このあたりで、家族ごっこをやめるべきだと思ういっぽう、ミュオンの容体が気になるため、ひとまず意思を伝えることにした。

「ハイロのおっさん、ちょっといいか」

 切株きりかぶに腰をおろすハイロは、歩み寄ってきたキールに誘われ、木陰でまぶたを閉じているミュオンから、少し離れた場所へと移動した。

「あのさ、おいら、引っ越し先についていくのやめようと思ってよ」

 キールは、迷いのない表情をしている。すでに決断をくだした顔つきを見たハイロは、引き止めるべきか悩んだ。現在、亮介とノネコが不在の状況につき、このまま見送ることは正しい判断とはいえない。

「そうしたければ、好きにして構わんが、全員そろってから立ち去っても遅くはないだろう」

「……そうだな。最後くらい、リョースケのまぬけツラを引っ掻いてやるか!」

 キールは前足を振りあげ、シャッと宙を切った。冗談だと察しているハイロは、小さく息を吐いた。誰もが、ずっといっしょにいられるわけではない。ハイロ自身も、ミュオンとの別れが待っている。そうかんたんには消えたりしないという精霊本人のことばは、強がりにしか聞こえず、ハイロは避けられない結果に覚悟が必要だった。少しずつ確実に、ミュオンの気配は弱くなっているため、体内では生命の種子が順調に養分を蓄えている証拠でもあった。

「……なぜ、くり返さねばならない」

 ハイロは、浅い眠りにつくミュオンを見つめ、けわしい表情に変わった。誰かの幸せを願うたび、犠牲がしょうじる。負の連鎖を断ち切らないかぎり、ハイロとミュオンの夫婦生活は、まもなく終わりを迎える。水の精霊は、分化のときが近い。それは暗黙の了解につき、誰もミュオン本人へたずねたりはしなかった。キールは、自分の存在を忘れてしまうミュオンを切なく感じたが、なにもかも、以前のようにもどるだけである。

「そうさ、おいらは群れたりしない。これからも、自由に生きてやる」

 今、キールは覚悟をきめた。自ら思い出に背を向けることで、さよならは言わない。そばにいなくても、同じ森で暮らす仲間なのだから。


★つづく
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