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第8部
第132話
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※前話の補足……亮介を丸呑みしかけた黒蛇は、しゃべりません。黒蛇を助けた水の精霊は、現在のミュオンとは異なります。時系列がややこしくて申しわけありません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ねえ、きみ。おなかがすいてるの? それなら、ぼくを食べるといい。できれば、痛くしないでほしいけど、きみのお口は大きいし、鋭い牙が見えてるね。そうだ、ぼくが眠るまで待っててくれる? 名前を呼んでも返事をしなければ、バクッて食べていいよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひどく空腹だったわたしは、小さな子どもを食べた。あの水のように澄んだ瞳をした精霊に生かされた身を、かんたんに捨てることはできなかろう。ゆえに、わたしは目の前で無邪気に笑う、小さな生命を丸呑みした。
あの子は苦しまなかっただろうか。わたしのからだの一部となった小さな子ども。わたしはかつて、あれほどうまい生物を、食べたことがなかった。やわらかい肉体と、あまい血液。うまかった。
あの子は、願っていた。食べていいと云われたゆえ、わたしはそのとおりにした。極上の味を知ったわたしは、ますます飢えるようになってしまった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから、どれくらいの月日が経過しただろう。わたしは、まだ生きている。ああ、腹が減った。まいにち退屈なのに、腹ばかり減る。どこかに、動物の死骸でも転がっていないだろうか。贅沢は云わない。わたしはもう、地上で最高の味を知っている。子どもの肉体が、森に落ちているわけがない。あの味は、二度と堪能できないだろう。
獲物を探して動きまわれば、まわるほど、ますます食欲が増す。……きょうこそは、なにか口にしなければ。
あれは……、まさか!
そんなはずはない。人間の子どもが、こんなところにいるわけがない。だが、だがしかし、このにおいは、まぎれもなく人間の子ども。あのときとはちがうが、あそこにいるのは、人間の子どもではないのか!?
黒蛇は無我夢中で大きく口を開け、8歳児の亮介を頭から丸呑みした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人間の子どもを丸呑みした黒蛇は、なぜか途中で吐きだした。ベシャッと地面に落下した亮介は、頭を強く打ち、目の前がまっ暗になる。すると、ふるえる肩を引き寄せられ、口づけを受けた。まぶたが重くて開けられない亮介は、何者かに口唇を塞がれたが、こちらの呼吸をさまたげない、やさしい接吻だった。ひんやりとした冷気が体内に流れこんでくると、それまで苦痛だったものが、ゆるゆると消えてゆく。目を閉じていてもわかるほど周囲が明るくなり、つづけて、ドカッドカッと、地面を蹴って近づく足音が聞こえた。
キシャーッという悲鳴のような高い声と地響きに、亮介の小さなからだが揺れた。黒蛇に捕食されかけた亮介は、わけもわからず気絶した。
「……そいつをどうする気だ」
『気安く話しかけないでください』
「おまえさん、精霊だよな。背中の羽は本物か?」
『わ、わたしに寄るでない! けがらわしい灰色大熊め』
「けがらわしくて悪かったな。とりあえず、安全な場所へ移動するぞ」
『わたしが、そのことばを信用するとでも?』
「肉食獣がうろつかない区域に、丸太小屋がある。……あんたこそ、だいじょうぶなのか」
霊力を放出してしまった水の精霊は、足や胴体が透けている。大熊に指摘され顔をしかめたが、ふたたび亮介に危険が迫るより、避難を優先した。
水の精霊にとって亮介は、かつて半獣と化した人間とのあいだにできた赤子の生まれ変わりであり、黒蛇に喰われたわが子も同然だった。
★つづく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ねえ、きみ。おなかがすいてるの? それなら、ぼくを食べるといい。できれば、痛くしないでほしいけど、きみのお口は大きいし、鋭い牙が見えてるね。そうだ、ぼくが眠るまで待っててくれる? 名前を呼んでも返事をしなければ、バクッて食べていいよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひどく空腹だったわたしは、小さな子どもを食べた。あの水のように澄んだ瞳をした精霊に生かされた身を、かんたんに捨てることはできなかろう。ゆえに、わたしは目の前で無邪気に笑う、小さな生命を丸呑みした。
あの子は苦しまなかっただろうか。わたしのからだの一部となった小さな子ども。わたしはかつて、あれほどうまい生物を、食べたことがなかった。やわらかい肉体と、あまい血液。うまかった。
あの子は、願っていた。食べていいと云われたゆえ、わたしはそのとおりにした。極上の味を知ったわたしは、ますます飢えるようになってしまった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから、どれくらいの月日が経過しただろう。わたしは、まだ生きている。ああ、腹が減った。まいにち退屈なのに、腹ばかり減る。どこかに、動物の死骸でも転がっていないだろうか。贅沢は云わない。わたしはもう、地上で最高の味を知っている。子どもの肉体が、森に落ちているわけがない。あの味は、二度と堪能できないだろう。
獲物を探して動きまわれば、まわるほど、ますます食欲が増す。……きょうこそは、なにか口にしなければ。
あれは……、まさか!
そんなはずはない。人間の子どもが、こんなところにいるわけがない。だが、だがしかし、このにおいは、まぎれもなく人間の子ども。あのときとはちがうが、あそこにいるのは、人間の子どもではないのか!?
黒蛇は無我夢中で大きく口を開け、8歳児の亮介を頭から丸呑みした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人間の子どもを丸呑みした黒蛇は、なぜか途中で吐きだした。ベシャッと地面に落下した亮介は、頭を強く打ち、目の前がまっ暗になる。すると、ふるえる肩を引き寄せられ、口づけを受けた。まぶたが重くて開けられない亮介は、何者かに口唇を塞がれたが、こちらの呼吸をさまたげない、やさしい接吻だった。ひんやりとした冷気が体内に流れこんでくると、それまで苦痛だったものが、ゆるゆると消えてゆく。目を閉じていてもわかるほど周囲が明るくなり、つづけて、ドカッドカッと、地面を蹴って近づく足音が聞こえた。
キシャーッという悲鳴のような高い声と地響きに、亮介の小さなからだが揺れた。黒蛇に捕食されかけた亮介は、わけもわからず気絶した。
「……そいつをどうする気だ」
『気安く話しかけないでください』
「おまえさん、精霊だよな。背中の羽は本物か?」
『わ、わたしに寄るでない! けがらわしい灰色大熊め』
「けがらわしくて悪かったな。とりあえず、安全な場所へ移動するぞ」
『わたしが、そのことばを信用するとでも?』
「肉食獣がうろつかない区域に、丸太小屋がある。……あんたこそ、だいじょうぶなのか」
霊力を放出してしまった水の精霊は、足や胴体が透けている。大熊に指摘され顔をしかめたが、ふたたび亮介に危険が迫るより、避難を優先した。
水の精霊にとって亮介は、かつて半獣と化した人間とのあいだにできた赤子の生まれ変わりであり、黒蛇に喰われたわが子も同然だった。
★つづく
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