125 / 171
第7部
第125話
しおりを挟む異世界にきて数ヵ月後、亮介はハイロの提案を受け、丸太小屋から引っ越すことにきめた。新天地は森の奥にある小屋で、肉食獣もうろつく場所である。
『リョウスケくん、ほんとうに行く気ですか』
必要最低限のものを集め、みんなで荷づくりするなか、壁ぎわで見まもっていたミュオンが、いくぶん不安げな声でたずねた。ニッシュの生地を風呂敷のようにひろげ、食器をまとめていた亮介は、手をやすめて顔をあげた。
「うん、行くよ。庭の畑をそのままにして引っ越すのは、ちょっと残念だけど、やっぱり安全なところに移動したほうがいいと思って」
『安全ですって? キールに聞きましたが、これから行こうとしている小屋は、肉食獣のいる山の向こうだとか……。そのような場所へ、リョウスケくんを引っ越しさせるだなんて、あのムッツリ大熊は、いったいなにを考えているのでしょう』
使えそうな道具を選んで木箱に詰めるハイロは、人型にもどっている(正確には、半獣の姿では荷づくりしにくいといって、人型になった)。ミュオンの霊力を身に受けて先祖がえりしたハイロだが、いつのまにか自在に姿を変えることができるようになっている。ハイロの変身能力をミュオンに報告すると、意外にも『へえ』という、ひとことですまされた。
『……すべてを、最初からやり直すつもりですか?』
「ミュオンさん、そんなに心配しなくても、僕ならだいじょうぶだよ。ほら、ハイロさんだって肉食獣だけど、むやみに襲ってこないし、みんなといっしょなら、きっとなんとかなるよ。……それとも、ミュオンさんは僕たちがそばにいたら迷惑かな?」
『迷惑だなんて、そんなふうに思うはずありません。わたしこそ、リョウスケくんのそばを離れるつもりなんて……』
ミュオンは、ことばの途中で立ち眩みを感じた。数センチほど膨らみのある腹部に両手を添え、支えるようにすわりこむと、異変に気づいたハイロがすぐさまミュオンのかたわらで膝をつく。
「どうした」
『なんでもありません。少し、ふらついただけです……』
いつもより青い顔をしているミュオンは、水の精霊でありながら灰色大熊と生殖行為をし、半獣属の血を引く赤子を身ごもっている。それは、亮介のためでもあったが、ミュオンの気持ちに迷いがあるうちは、真実にたどりつくことはできない。ハイロもまた、正直な思いを伝えてはいなかった。夫婦と呼べる深い仲となった今でさえ、ふたりの距離感はあいまいで、愛しあっているようには見えなかった。実際は相思相愛につき、ふたりのやりとりを見ていると、仲間たちのほうで焦れったく感じた。
(なんでこのふたりって、いつまで経ってもよそよそしいのかなぁ。どう見てもお似合いなのに、ぜんぜん夫婦っぽくないんだよね。赤ちゃんが産まれてきたら、少しは変わるのかな……。ハイロさんは頼りになる存在だから安心できるけど、ミュオンさんのほうは、ちょっと心配だな……。そういえば、赤ちゃんには母乳が必要だけど、ミュオンさんの身体構造って、どうなっているんだろう……)
精霊の出産は誰も経験のない展開につき、いざというときは手探りで対処するしかない。豊富な知識をもつノネコさえ、奇蹟の瞬間に立ち合える日を心待ちにしていた。ミュオンに寄り添うハイロの表情は真剣だが、「ねえ、ミュオンさんって、おっぱいでるの?」と、頭のなかで考えていたことを亮介が口走ると、近くで荷づくりをしていたキールとコリスが、「は?」「ほえ?」といって、目を丸くした。
(うわっ、僕ってば、つい変なこと訊いちゃった!)
亮介の発言により、引っ越しの準備をする室内に微妙な空気が流れた。
★つづく
16
お気に入りに追加
693
あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる