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第7部
第121話
しおりを挟むキツネは悩んでいた。それは生まれてはじめてといえるくらい、ひどく頭が痛くなるほど、真剣に悩んでいた。
命の恩人である灰色大熊の兄者は、地の精霊が放った霊力により、仔熊になってしまい、疎ましい存在である人間(亮介)の世話になっている現状は、とにかく理不尽で腹立たしい。自然界の森林域では、食物連鎖の掟があり、肉食獣にとっては人間も捕食の対象である。キツネは雑食につき、その気になれば亮介を襲えたが、人間の血をうっかり体内に摂取してしまうことは避けたかった。
「よし、こうなりゃ、外堀から崩しにかかるか」
丸太小屋で生活を送る半獣属のなかに、仔栗鼠がいる。からだも小さく臆病な性格につき、てっとり早く脅して支配するか、攻撃して追い払うか、どちらにしても亮介たちの関係性を乱すには、有効な手段である。キツネの画策をよそに、数日前、めずらしい花を見つけて摘んできたコリスは、うれしそうに花瓶に水を差していた。花の名前はノネコさえ知らなかったが、なんともいえない甘い香りと、淡い桃色の大きな3枚の花びらは、見た目の華やかさがあり、観賞用として楽しめた。
「きれいなお花さん、きょうもいいにおいだな~」
コリスの背後で「よく枯れないな」と、キールがつぶやく。長い茎をポキッと折って持ち帰ったため、根っこはついていない。すぐに枯れてしまうと思われたが、花は、いつまでも美しく咲いていた。
「生命力が強いのかな~」
「まあ、そのうち枯れるだろ」
「でも、できるだけ長く咲いていてほしいなぁ。こんなきれいな花、初めて見たよ~」
亮介は仔熊と畑のようすを見にいき、ノネコは外出中である。ミュオンは隠し部屋でからだを休めており、ハイロは庭で食事の準備をしていた。そこへ、空を飛んできたジェミャがあらわれ、地面に着地するなり、ハイロをにらみつけた。
『一家の大黒柱が、ずいぶん悠長にしているな』
「どういう意味だ」
『これは、食尽植のにおいだ。桃色の花を、森で摘んだな』
ジェミャの言うとおり、少しまえ、コリスが発見して持ち帰っている。未知の植物に対する危機感はなく、亮介を含め、コリスは美しい花を気に入っていた。だが、それはやがて花柱が蔦のようにのびて獲物をとらえ、へそなどの孔に雄蕊を挿して相手の体内へ種子を植えつけるという。内側から栄養を吸い取られてしまう宿主は、骨と皮だけを残して干乾び、新しい花の糧となる。
「……まずいな」
採れたての野菜を木のまな板でカットしていたハイロは、ナイフを石の上におき、丸太小屋のほうへ向きなおった。そのとき、「ひょえ~っ」という、コリスの悲鳴が聞こえた。畑で野菜を収穫していた亮介も「な、なに?」と、おどろいて顔をあげた。食尽植物の話を聞いたばかりのハイロは、すぐさま室内へ駆けつけた。玄関の扉を開けると、粉々に飛び散った花瓶の破片が床板にひろがり、長い蔓で身動きを封じられたコリスとキールが、じたばたと足を振っていた。
「な、なんだこりゃ! あっ、まさか、食尽植物か、これ!?」
かろうじて、蔦の捕縛から逃れたキツネは、机の陰に身をかがめ、青ざめている。とんでもない植物を丸太小屋へ持ち帰ってしまったコリスだが、頭が混乱して「たーすーけーてぇーっ!」と叫んでいる。ハイロのうしろで鼻息を吐くジェミャは、緊張感のないコリスの高い声に呆れ顔になるが、『消えろ』とつぶやき、霊力を放った。
★つづく
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