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第6部
第117話
しおりを挟む地の精霊であるジェミャこそ、森林域の機微をイチ早くとらえていた。渡り鳥の鴫は、じきに森を去る。少しずつ涸渇してゆく自然の恵みは、やがて、半獣属の生命活動に影響をおよぼすだろうと懸念していた。人間は1日に多くの資源を利用して生活しているが、その大部分は植物である。生態系の危機的な状況を、いかに回避するかを考える必要があった。
「わしには、どうにもわからんのじゃ。人間の子など、さっさと食ってしまえばよかったものを、灰色大熊め、どうやら水の精霊と協力して助けおったようだのう」
鴫は、その瞬間を見たわけではないが、栄養のある食事にありつけなかった黒蛇のほうを同情した。
『ついでにもうひとつ、おもしろくない話を聞かせてやろう。人間の子を救いだしたそいつらは、子づくりに成功したぞ』
「なんと、この森に、半獣と精霊の混血児が誕生すると言うのか」
『いかにも。水の精霊は大義を成した。栄光なる道標の再誕だ。……クククッ』
ジェミャの言うとおり、ハイロはミュオンの体内へ子胤を注入し、新たな生命体を宿すことに専念した。ようやく、ミュオンの妊娠が確実となった今、さらなる困難がふたりを待ち受けている。すべては、これから始まる。まだ、必要な手順のひとつを達成したにすぎなかった。
「地の精霊よ、おぬしはどうなのだ。半獣属と交尾した場合、子を宿すのか」
『あいにく、そうかんたんに孕むほど、われらの身体は単純な構造ではない。ミュオンが妊娠できたのは、雄との相性が最適だったからだ。……本人は、認めたくないだろうがな』
ハイロへの気持ちを整理できずにいるミュオンだが、幾度となく交わるうち、無条件ですがりたくなった。互いに理屈を抜きにして、本能で惹かれあっている。
「ふむ、滑稽だのう。森の王獣ともあろう大熊が、水の精霊に魅了されたようじゃな」
『愛しあうのに、種族は関係ない。われとて、いつでも誑かせてみせよう』
「ほほう、よく言うわ。地の精霊ほど堅固なとりでだろうに」
『勝手な想像をするな。われは快楽主義である。先祖がえりした大熊は、誘惑対象だ』
「横恋慕とは、それこそ愉快な話じゃのう」
ジェミャと大鳥は、上空で噛み合わない話をしていたが、ふたりとも皮肉めいた笑みを浮かべていた。
★つづく
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