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第5部
第84話
しおりを挟む「ねえ、キール。これ、どう思う?」
「どうって、ニッシュの服だろ」
「うん、そうなんだけど……」
ハイロがジェミャの誘惑を退けるころ、丸太小屋の倉庫を整理していた亮介は、かつての住人が残した衣類を発見した。おとなサイズにつき、今の亮介には大きすぎる。だが、見たところ汚れなどの劣化もなく、裾を調節すれば、着衣は可能だった。
(こんなところに服があるなんて、やっぱりここには、人間が住んでいたンだね。ハイロさんの先祖と、水の精霊さん……?)
ニッシュの樹皮でつくられた衣服は、ミュオンが羽織っている浴衣のようなデザインとよく似ていた。背中に縦長の切れ目があるため、おそらく羽を外に出せるように工夫してあると思われた。淡い黄色と水色の、なめらかで自然な肌触りである。
「……僕が着たら、怒られるかな」
「は? 誰にだよ」
「な、なんとなく」
「必要ないから、持ち主が置いていったンじゃねーの。あとから取りにきたら、返せばいいだけの話だろ」
キールは、掘り出し物がないか木箱をのぞきこんでいる。丸太小屋の間取りは、それほどひろくはないが、棚の裏に扉があり、小さな収納空間が隠れていた。コリスに暖炉の内部を清掃してもらう前、ほこりが立つと汚れると思い、棚を移動したさいに見つけた。
(……服なんて、日常的に着るものなのに、こんな取りにくい場所に、わざわざしまっておくかな)
思案顔になる亮介をよそに、キールは「おっ」と楽しげな声をあげた。
「見ろよ、リョースケ。弓矢があるぜ!」
キールが取りだしたのは、狩猟用の武具である。遠方の獲物に気づかれず、素早く仕留められ、木や竹などの天然素材を活かして作ることができる。
「わっ、すごい! 僕、弓なんて引いたことないよ」
同級生に弓道部の男子がいたことを思いだした亮介は、キールの手から弓矢を受けとり、じっくりながめた。全体的に予想より軽く、鋭く研いだ石の矢は、新品に見えた。まるで、あとから必要になるものを、事前に準備しておいたかのような保存状態に、首をかしげる。
(……弓矢があれば、みんなが襲われたとき、僕だって戦えるかもしれない。……これは、全部、僕のため?)
丸太小屋に残された最低限の品々は、亮介の生活を支えている。ここにきて、弓矢の発見が意味するものとは、なにか。亮介は、真剣に考えた。
★つづく
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