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第5部
第81話
しおりを挟むハイロの理性が強靭だとしても、ジェミャの誘惑をはねつけることができるかどうか、たまらなく不安を感じたミュオンは、隠し部屋を飛びだし、庭先へ走ってきた。
「ミュオン、そんなに焦ってどうしたよ。病みあがりなんだから、まだ安静にしてなきゃだめだろ」
畑で草むしりをしていた亮介は、ミュオンのほうへ駆けていくキールの声を聞き、顔をあげた。煙突掃除後、汚れを洗ってもらったコリスは、全身を乾かすため、草地に大の字で寝そべっている。
「ミュオンさん? どうかしたの?」
亮介は作業の手をとめ、キールのあとにつづいてミュオンに近づいた。ただでさえ白い肌をした細身の精霊だが、きのうに比べ、顔色がよろしくない。自然の四大元素から派生した神秘的な精霊は、他者に執着(あるいは依存)し、自らの存在意義を確立する。とくに上位の精霊は、思考力と感覚器官が発達しており、快楽を優先して森の住人を誘惑する。多くの場合、精霊と交わったものは生命活動を支配(操作)され、ゆっくりと精気を吸い取られてしまう。やがて廃人となり、亡くなってゆく。
ミュオンが亮介に執着する理由は、たんに、気まぐれなどではない。黒蛇に捕食されかけた幼子は、すでに精霊の加護を受けていた。そうとは知らず夢中で亮介を救いだしたミュオンは、かつて気心を通わせた灰色大熊の血を引くハイロと、運命的な出逢いをはたす。亮介の存在を中心に、大きな車輪が逆回転し、遠い記憶が語りかけてくる。たびたび姿をあらわす大神は、彼らを真実へ導く森の使者か、行く末を惑わせる幻影なのか、謎ばかり残されていた。
「おい、ミュオン。しっかりしろよ。顔色が悪くないか」
「ミュオンさん、からだ、だいじょうぶなの?」
『……キール、……リョウスケくん』
悩めるミュオンは、きれいな顔が台無しである。亮介とキールは、精霊を励ました。
「ハイロのおっさんとノネコなら、心配いらねぇって。あいつらは、どっちも頭がいいだろ。なにか起きても、自分なりに対処するさ」
「そ、そうだよ、ミュオンさん。森のことなら、ふたりともよく知ってるンじゃないかな。だから、僕らといっしょに待とう」
ジェミャの気配を察知したミュオンだが、亮介とキールに伝えなかった。
『……ふたりとも、ありがとうございます。……わたしは、だいじょうぶです』
無理して微笑む精霊は、半獣属の恋人を信じようと苦心した。
★つづく
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