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第4部

第70話

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 少なくとも、相手に対する配慮を忘れず、やるべきことをやってきたハイロに、落ち度はない。それは、ミュオン自身も、細胞の記憶を通じて理解していた。精霊のからだを抱きとめるハイロの腕はかげんを心得ており、肩の力を抜いたミュオンは、しばらく身をゆだねることにした。確かな心音が力強く響いてくると、やすらぎを実感した。

 ハイロは、精霊の存在など半獣の自分には関係ないと思っていたが、ミュオンと出逢い、その考えをあらためた。むしろ、無関心で過ごしてきた時間が悔やまれた。かつて、水の精霊の分化を目撃した先祖が、新たな個体と気心きごころかよわせていた経緯は事実だが、それよりはるか遠い昔、人間と深く愛しあった精霊がいた(ミュオンそっくりにつき、最初は動揺したハイロだが、あれは水の精霊でまちがいないと確信した)。


「おれたちにかぎらず、生物はみな、同じ祖先に由来しているのかもな」

『……従来の機能を、くり返し重複ちょうふくしているのでしょうね』

「突然変異を蓄積して、新しい機能を獲得したものが、混性となるのか」  

『受容体の話ですか? 成長速度は種族によって異なるもの。……あなたは、わたしと永遠に生きることはできません』

「ひどい話だな。また、、、おれは置いて行かれるのか」


 ハイロが真顔で聞き返すと、ミュオンは、くすッと笑った。ハイロの首筋へ細い指を添えると、どちらともなく口唇くちびるを合わせた。軽く触れるだけの口づけをして離れるつもりのミュオンだったが、ハイロのぬくもりが心地よく、うっとりとした表情を(一瞬)浮かべた。ミュオンの気持ちに変化を認めたハイロは、銀色の髪に触れようとして、思いとどまった。調子に乗っている場合ではない。いつ、黒蛇が再襲撃してくるかわからないため、ミュオンと共に、急いで丸太小屋へ帰還すべきである。


「立てるか」


 背中の羽が消えているミュオンは、二本足で歩く必要がある。まだ、すべての運動機能が回復していないように見えた。ハイロは蔦化の植物を腰に巻くと、ミュオンへ手を差しのべた。

『結構です。ひとりで歩けます。あなたの過保護は迷惑です』

「悪かったな」

 気恥ずかしさを隠すため反発するミュオンに、ハイロは小さくため息を吐き、ふたりは歩きだした。亮介たちが待つ場所、帰るべき空間へ。穏やかな時間が流れる丸太小屋に、ふたたび家族がつどう。


★つづく
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