異世界で８歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

第４部

第65話

　川底に横たわるミュオンを発見したハイロは、引きあげるため潜水したが、からだへ触れようとしても、かすりもしなかった。もっとも、水の精霊にとっては丸太小屋のベッドのうえより、水中のほうが快適な空間である。水氣に身をゆだねる表情は穏やかで、心地よく眠っているようにも見えた。

　とはいえ、このまま川の水氣と同化されては、亮介の元へ連れて帰れない。ハイロは、ミュオンの目を覚ます方法を考えた。もういちど潜水しようとして息を吸いこむと、キーンと、耳鳴りがした。さらに突然、川の流れが速くなり、ミュオンからハイロを遠ざけるかのような水圧が全身に押し寄せた。

　なにか、見えない自然の摂理がはたらいている。そう思ったハイロは、かろうじて川辺に避難すると、腕組みをして、しばし考えこんだ。ひとまず、ミュオンの無事は確認できた。怪我を負ったようすもなく、深い川底にいるかぎり、むやみに襲われることはないだろう。

　精霊とは、自然に宿る霊的な存在であり、人間や半獣属と異なる性質で形成されている。こんなとき、森の記憶の語部かたりべである野猫ノネコがそばにいれば、助言を求めることができた。人型に先祖がえりしたとはいえ、ハイロの知能は半獣時と変わらない。こちらの判断で下手な動きを見せるより、ミュオンが望むことを知りたいと思ったハイロは、川面に視線を落とし、心のなかで話しかけた。


　ミュオン、聞こえるか
　おれの声が届くならば
　答えてほしい
　
　おまえは、どうしたい
　正直に教えてくれ


　半なかば実験的に問いかけると、さらに強い耳鳴りがして、鼓膜をふるわせた。


「……なにかの信号か？」


　亮介と出逢ってから、起こる出来事の多くは、これまでにない経験につき、ハイロなりに思考をめぐらせた。ふと、肌に張りつくニッシュの衣服ころもへ指を添えると、あり得ない早さで乾いていく。ハイロ自身が熱を感じることはないが、ふしぎな現象に顔をしかめた。ミュオンの気配をたどってきたつもりが、逆に、おびき出されていたとしたら、注意が必要である。

　時刻は昼過ぎにつき、枝葉のあいだから明るい光が射している。いつまでもハイロが立ちつくしていると、川魚が飛びはね、銀鱗うろこが反射した。そのとき、ゴゴゴッと、地鳴りが響いた。黒蛇クロヘビが地中を這っている。昼間から出喰したくない相手だが、その姿があらわれるまで、ハイロは振動する地面を見つめた。


★つづく