55 / 171
第3部
第55話
しおりを挟む
※森の追憶⑤
水氣にゆらめく精霊は、森林域の空気がいつもと異なる点に関心を示さず、4枚の羽をひろげ、水浴びをしていた。腰までのびた長い銀色の髪を指で梳いていると、パキッと、地面に朽ちた枝を踏みつける音がして、静かに顔を向けた。池の畔に、腕から血を流して佇む者がいる。見れば、人間の男だった。
「……わ、悪い。のぞくつもりはなかったが、できれば、傷口を洗わせてくれないか」
池の水が必要だという男は、自然環境の調査のため、森に足を運び、少し前、いきなり肉食獣に噛みつかれたと状況を説明した。裸身で水に浸かる精霊を人外だとは思わず、背中の羽は、なにかのカムフラージュだろうと考えた。だが、その認識は即座に打ち消される。水の精霊は、人間の男のまえでふわりと空中に浮かんでみせ、ゆっくり近づいてきた。
驚きのあまり絶句する男は、その後、水の精霊との交流期間を経て、恋仲に発展する。人間の男は、野生動物によって深い傷を負ったことが原因で細胞が変異していくが、完全なる獣族の姿に移行するまで(男を始祖として半獣属が森に定着するまで)、数百年かかった。
『あなたの子を、身ごもりました』
ある日、それは突然告げられた。人間の男は、雄性の精霊が妊娠するとは知らされず、たびたび性交渉におよんでいた。あまりにも予想外な出来事だったが、よろこばしくもあり、出産に向けて、より精霊と親密な関係を築いた。やがて、リヒトが誕生する。そして、少年は奇蹟の泉水で完全変態を遂げ、母方の水氣と融合した。美しい青年は、人間の父親とは異なる進化の道を選んだことで、水の精霊と半獣は、惹かれあうという摂理が樹立する。目には直接見えなくても、内部環境に独自の活動領域をもつ潜在能力は、生態系に行動指針としての叡智を蓄えていく。
すべての種族は遺伝情報をもち、時間や空間を超えて、伝達、共有していた。亮介もまた、自身のルーツについて、この森と関係があるからこそ、8歳児の姿で引きもどされたのではないかと、あらためて出自が気になった。
「ゼェ、ハァッ」
「少し休むか」
「だ、だいじょうぶ! この辺り、見覚えがあるよ。僕に合わせないで、ハイロさんは先に行って!」
丸太小屋まで、あと数キロの地点までくると、息切れをする少年をハイロが気づかった。亮介は首をふり、大熊を精霊の元へ急がせた。
★つづく
水氣にゆらめく精霊は、森林域の空気がいつもと異なる点に関心を示さず、4枚の羽をひろげ、水浴びをしていた。腰までのびた長い銀色の髪を指で梳いていると、パキッと、地面に朽ちた枝を踏みつける音がして、静かに顔を向けた。池の畔に、腕から血を流して佇む者がいる。見れば、人間の男だった。
「……わ、悪い。のぞくつもりはなかったが、できれば、傷口を洗わせてくれないか」
池の水が必要だという男は、自然環境の調査のため、森に足を運び、少し前、いきなり肉食獣に噛みつかれたと状況を説明した。裸身で水に浸かる精霊を人外だとは思わず、背中の羽は、なにかのカムフラージュだろうと考えた。だが、その認識は即座に打ち消される。水の精霊は、人間の男のまえでふわりと空中に浮かんでみせ、ゆっくり近づいてきた。
驚きのあまり絶句する男は、その後、水の精霊との交流期間を経て、恋仲に発展する。人間の男は、野生動物によって深い傷を負ったことが原因で細胞が変異していくが、完全なる獣族の姿に移行するまで(男を始祖として半獣属が森に定着するまで)、数百年かかった。
『あなたの子を、身ごもりました』
ある日、それは突然告げられた。人間の男は、雄性の精霊が妊娠するとは知らされず、たびたび性交渉におよんでいた。あまりにも予想外な出来事だったが、よろこばしくもあり、出産に向けて、より精霊と親密な関係を築いた。やがて、リヒトが誕生する。そして、少年は奇蹟の泉水で完全変態を遂げ、母方の水氣と融合した。美しい青年は、人間の父親とは異なる進化の道を選んだことで、水の精霊と半獣は、惹かれあうという摂理が樹立する。目には直接見えなくても、内部環境に独自の活動領域をもつ潜在能力は、生態系に行動指針としての叡智を蓄えていく。
すべての種族は遺伝情報をもち、時間や空間を超えて、伝達、共有していた。亮介もまた、自身のルーツについて、この森と関係があるからこそ、8歳児の姿で引きもどされたのではないかと、あらためて出自が気になった。
「ゼェ、ハァッ」
「少し休むか」
「だ、だいじょうぶ! この辺り、見覚えがあるよ。僕に合わせないで、ハイロさんは先に行って!」
丸太小屋まで、あと数キロの地点までくると、息切れをする少年をハイロが気づかった。亮介は首をふり、大熊を精霊の元へ急がせた。
★つづく
40
お気に入りに追加
787
あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる