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第3部
第53話
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※森の追憶③
人間の男と水の精霊のあいだに誕生した男児はリヒトと名付けられ、一匹の大神と出逢い、交流をつづけながら成長していく。
「う~ん、この池に近づくと、なんであんなに父さんは怒るのかなぁ」
水質は無色透明で、底の小石まで見えている。12歳になったリヒトが水浴びをしても、危険な深さではない。だが、水面をのぞきこもうとしたとき、颯爽とあらわれた大神は、リヒトの衣服に噛みつき、背後へ引きずり寄せた。
「オオカミ? なにするんだ、離せ!!」
リヒトは、どうあっても池に興味津々といったようすで、腕をふりまわして抗議した。大神は小さく息を吐き、首を横にふる。黒く縁どられた金眼は、自らの信念に基づいて行動する意志の強さを感じる。青みがかった毛色のたてがみは細い針のように光り、さらさらと風に揺れていた。リヒトは性別を確認していなかったが、群れずに単独で動く大神は、かならず雄である。
リヒトの父親は、ごくふつうの池を〈奇蹟の泉水〉と呼び、なにか大切な事柄を隠していた。生みの親である精霊が帰化した場所は神聖な領域であると同時に、やがて霊力の集合体は自然と姿を形成するため、その瞬間を目にした人間は、魂魄を奪われるという迷信があった。かつて、環境保全の職に就く人間の男(リヒトの父親)は、調査にあたり、数日がかりで森林域を歩きまわった結果、池の畔で水の精霊と出逢い、神秘的な存在に魅了された。
「母さんのことだって、なにも教えてくれないし、父さんはきっと、僕のことがきらいなんだ……」
「リヒトよ、滅多なことを考えるものではない。真実がもどるまで、子どもらしく笑っていろ」
「オオカミには、その真実ってのがなにか、わかるのか?」
「おまえは地上のしるし、輝く光だ。獣族の過去は、すみからすみまで残酷で、追いつめ傷めつけ、拒みあい、生から死へと血は流れ、赤い血潮は大地にとけてひろがる。そのくり返しだった。……ひとりの裏切りが、弔事の鐘を鳴らし、多くの動物たちが息絶えていく。半獣属は、むごたらしい惨劇を終わらせるため進化した希望であり、森に恐怖をたたえるため、必要な存在だった。……リヒトよ、おまえの血潮に混じるは、半獣の始祖である。共に息づくは、精霊の祝福なり」
★つづく
人間の男と水の精霊のあいだに誕生した男児はリヒトと名付けられ、一匹の大神と出逢い、交流をつづけながら成長していく。
「う~ん、この池に近づくと、なんであんなに父さんは怒るのかなぁ」
水質は無色透明で、底の小石まで見えている。12歳になったリヒトが水浴びをしても、危険な深さではない。だが、水面をのぞきこもうとしたとき、颯爽とあらわれた大神は、リヒトの衣服に噛みつき、背後へ引きずり寄せた。
「オオカミ? なにするんだ、離せ!!」
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リヒトの父親は、ごくふつうの池を〈奇蹟の泉水〉と呼び、なにか大切な事柄を隠していた。生みの親である精霊が帰化した場所は神聖な領域であると同時に、やがて霊力の集合体は自然と姿を形成するため、その瞬間を目にした人間は、魂魄を奪われるという迷信があった。かつて、環境保全の職に就く人間の男(リヒトの父親)は、調査にあたり、数日がかりで森林域を歩きまわった結果、池の畔で水の精霊と出逢い、神秘的な存在に魅了された。
「母さんのことだって、なにも教えてくれないし、父さんはきっと、僕のことがきらいなんだ……」
「リヒトよ、滅多なことを考えるものではない。真実がもどるまで、子どもらしく笑っていろ」
「オオカミには、その真実ってのがなにか、わかるのか?」
「おまえは地上のしるし、輝く光だ。獣族の過去は、すみからすみまで残酷で、追いつめ傷めつけ、拒みあい、生から死へと血は流れ、赤い血潮は大地にとけてひろがる。そのくり返しだった。……ひとりの裏切りが、弔事の鐘を鳴らし、多くの動物たちが息絶えていく。半獣属は、むごたらしい惨劇を終わらせるため進化した希望であり、森に恐怖をたたえるため、必要な存在だった。……リヒトよ、おまえの血潮に混じるは、半獣の始祖である。共に息づくは、精霊の祝福なり」
★つづく
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