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第2部
第45話
しおりを挟む精霊は、地上の自然界に存在する神秘的な生物である。万物の根源に宿り、上位の精霊は人派に変身できるため、異種族と性的な関係におよぶことも可能だった。見た目の美しさから、相手の理性を狂わせ、心を迷わせるといった魅惑的要素が誇張されやすいが、快楽と幸福を享受する行為は正しいと解釈する側面をもっている。
いつまでも目覚めない水の精霊の原因解明のため、亮介は自己浄化をし、森のどこかに散らばっている精霊との交流をためそうと考えた。そして、ハイロの案内にしたがって川の上流へ向かう途中、ノネコから意外な仮説を聞かされた。
「……人間の血を引く精霊の子?」
「野猫の一族は、森の番人として、広範囲に分布していた時代があってね。過去の記憶は口承されていく。もし、人間と精霊の混血種が存在するならば、この機会に、わたしも事実かどうか、確かめたいと思っているよ」
「それで、ノネコも禊に参加するって言いだしたのか。なんだか、おもしろくなってきたな。おいらも、ミュオン以外の精霊を見てみたくなったぜ!」
キールは冒険気分で笑ってみせるが、ノネコは神妙な顔をした。精霊が人間の子どもを産んだという逸話が事実だとすれば、その子どもは人外となる。おそらく、特異な成長過程を経て、おとなになったはずだ。自然の法則を超越しているため、寿命さえ不明である。
(……だとしても、急に思いだした話を僕に聞かせるなんて、なんだか、ノネコさんらしくないような?)
ノネコは、あいまいな情報を口にして周囲を悩ませる気質ではない。今回にかぎっては、口承の信憑性よりも、聞き手の反応をさぐる目的が優先されている。なぜか動揺した亮介は、立ちどまってしまった。少し離れた場所で、ハイロが待っている。
少年の心臓は、その在処を主張するかのようにドクドクと強い脈を打ち、さきほどまで遠かった動物の歌声が、自分の耳で聞き取ることができた。
だれが しゃべった
だれも しゃべらない
大地が愛を語りかけるとき
泉水は赤らんで待ち伏せる
かれらは ともに恋をした
森のなかで泉水に浸り
からだをひとつにする
ふたつの影が混ざり合ったあと
水面に息づく生命は
にんげんのかたちになる
ひろがる夜は希望をたたえた
生まれた瞳は世界を証明する
やがて 恋人はひとりぼっち
……どこかへ のこされた
……どこにのこしてきた?
祝福を忘れた子どもは
純粋に永遠の夢をみる
消える日を知らずに
(この歌詞……、なんだか、こわい? 生命の誕生を祝福しているっぽいけど、最後の消えるって、なに……?)
キールが厭味だと鼻にかけた理由が、わかったような気がした。声の主は、気持ちよさげに高らかと歌っていたが、孤独と絶望を予感させる終わり方である。ノネコの口承と、歌詞が微妙に重なる点も気になった。
(まさか……)
あり得ないと思いつつ、ひとつの可能性が浮上する。
(僕の両親、どっちか精霊なんてこと……)
あるわけがない。父は中小企業の工場で働く一般人で、母はごくふつうの主婦である。ただ、亮介が異世界へ飛ばされた理由を考えたとき、なにか使命があって、あるべき場所へ引きもどされたとしたら、すべての現象に合点がいく。
大熊の先祖がえりによって、半獣属の一部は人間として活動した過去が判明し、水の精霊は愛を享受して、精魂を得ることができた。本人さえ気づかない秘密が、この森には隠されている。亮介だけでなく、ハイロとノネコも、そう確信した。
★つづく
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