上 下
45 / 171
第2部

第45話

しおりを挟む

 精霊は、地上の自然界に存在する神秘的な生物である。万物の根源に宿り、上位の精霊は人派に変身できるため、異種族と性的な関係におよぶことも可能だった。見た目の美しさから、相手の理性を狂わせ、心を迷わせるといった魅惑的要素が誇張こちょうされやすいが、快楽と幸福を享受する行為は正しいと解釈する側面をもっている。


 いつまでも目覚めない水の精霊ミュオンの原因解明のため、亮介は自己浄化をし、森のどこかに散らばっている精霊との交流をためそうと考えた。そして、ハイロの案内にしたがって川の上流へ向かう途中、ノネコから意外な仮説を聞かされた。

「……人間の血を引く精霊の子?」

野猫ノネコの一族は、森の番人ばんにんとして、広範囲に分布していた時代があってね。過去の記憶は口承されていく。もし、人間と精霊の混血種ハーフが存在するならば、この機会に、わたしも事実かどうか、確かめたいと思っているよ」

「それで、ノネコもみそぎに参加するって言いだしたのか。なんだか、おもしろくなってきたな。おいらも、ミュオン以外の精霊を見てみたくなったぜ!」

 キールは冒険気分で笑ってみせるが、ノネコは神妙な顔をした。精霊が人間の子どもを産んだという逸話いつわが事実だとすれば、その子どもは人外となる。おそらく、特異な成長過程を経て、おとなになったはずだ。自然の法則を超越しているため、寿命さえ不明である。


(……だとしても、急に思いだした話を僕に聞かせるなんて、なんだか、ノネコさんらしくないような?)


 ノネコは、あいまいな情報を口にして周囲を悩ませる気質ではない。今回にかぎっては、口承の信憑性しんぴょうせいよりも、聞き手の反応をさぐる目的が優先されている。なぜか動揺した亮介は、立ちどまってしまった。少し離れた場所で、ハイロが待っている。

 少年の心臓は、その在処ありかを主張するかのようにドクドクと強い脈を打ち、さきほどまで遠かった動物の歌声が、自分の耳で聞き取ることができた。


 だれが しゃべった
 だれも しゃべらない

 大地が愛を語りかけるとき
 泉水いづみは赤らんで待ち伏せる

 かれらは ともに恋をした

 森のなかで泉水にひた
 からだをひとつにする

 ふたつの影が混ざり合ったあと
 水面みなもに息づく生命は
 にんげんのかたちになる
 
 ひろがる夜は希望をたたえた
 生まれた瞳は世界を証明する

 やがて 恋人はひとりぼっち

 ……どこかへ のこされた
 ……どこにのこしてきた?

 祝福を忘れた子どもは
 純粋に永遠の夢をみる
 消える日を知らずに


(この歌詞うた……、なんだか、こわい? 生命の誕生を祝福しているっぽいけど、最後の消えるって、なに……?)

 キールが厭味イヤミだと鼻にかけた理由が、わかったような気がした。声のぬしは、気持ちよさげに高らかと歌っていたが、孤独と絶望を予感させる終わり方である。ノネコの口承と、歌詞が微妙にかさなる点も気になった。


(まさか……) 


 あり得ないと思いつつ、ひとつの可能性が浮上する。


(僕の両親、どっちか精霊なんてこと……) 


 あるわけがない。父は中小企業の工場で働く一般人で、母はごくふつうの主婦である。ただ、亮介が異世界へ飛ばされた理由を考えたとき、なにか使命があって、あるべき場所へ引きもどされたとしたら、すべての現象に合点がいく。

 大熊の先祖がえりによって、半獣属の一部は人間として活動した過去が判明し、水の精霊は愛を享受して、精魂たましいを得ることができた。本人さえ気づかない秘密が、この森には隠されている。亮介だけでなく、ハイロとノネコも、そう確信した。
 

★つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)

柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか! そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。 完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

処理中です...