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第2部
第44話
しおりを挟む精霊を探す旅のはじめに、自己の穢れを浄化すべく川の上流へと向かう亮介一行は、夏の陽射しを浴びながら、順調に歩を進めた。
案内役のハイロは、衣服の袖からキミドリ色の花蕾を取りだすと、奥歯ですり潰して呑みこんだ。その花の種子には、発情期特有の身体作用を鎮める成分が含まれており、人型時のハイロにとっては貴重な安定剤だった。渡り鳥の鴫は、どこからともなく花蕾のついた木の枝を運んできた。シギは老鳥だが、今ごろ番を見つけ、生殖行為をすませているはずだ。渡り鳥は、この森で子孫を残すため、遠い国から命がけで飛来してくる。
ハイロは、枝葉の隙間から降りそそぐ陽光に目を細めた。虹色の羽をもつミュオンが軽やかに飛翔する姿を想像し、無意識に笑みがこぼれた。神秘的な精霊は、自然のなかでいきいきと舞ってこそ、美しく輝ける。ハイロの任務は、亮介の将来とミュオンの未来を守ることである。
森のなか 空のうえ
何年待たされたって
悲しげに羽ばたく鳥は
いちばん美しい枝を
選ぶことはできない
暑い夏に 燃える心
寒い冬に 消える翼
あざやかにうつろう季節は
樹の下に 秘密を隠し去る
姿は見えないが、動物の歌声が聞こえた。ハイロは無言でふり向き、亮介、キール、ノネコの順に目を留めた。
「ハイロさん、どうかした?」
「おっさんも気づいたか? さっきから聞こえるこの鼻歌、なんかイヤな感じだよな」
「そうかい? わたしはむしろ、心地よい音楽に聞こえるけれど」
ハイロはすぐに向きなおったが、亮介たちは会話をかわした。
「キール、鼻歌ってなに? 音楽が聞こえてくるの?」
「あん? リョースケには聞こえなくて当然だな。この距離は、まだ動物の可聴域だ」
人間よりも遠くの音を聞き取ることができる動物は、視力が弱く、嗅覚や聴力が発達している場合が多い。夜間視力に関してはフクロウが優れており、猛禽類(鷲、鷹、鳶など)は上空から獲物を見つける必要があるため、視力は人間の8倍以上といわれている。ちなみに、コウモリの目はほぼ見えておらず、超音波をだして周囲の環境を把握していた。
「僕にだけ聞こえないなんて、残念だな。どんな歌なの?」
「まるで厭味だな」
「案外、知的とも言えるかもね」
歌詞に文句をつけるキールをよそに、ノネコは鼻歌の主に関心を示した。
(厭味な歌って、逆にどんなこと言ってるのか、気になるなぁ……)
試しに耳をそばだてる亮介だが、鳥のさえずりや、カサカサと風に揺れる枝葉の音しか聞こえなかった。
(半獣属って、人間並みの知性と、動物特有の機能の、両方をもってるんだよね。それってなんか、人間よりすごいや)
生態系の縮図の頂点は、断じて、人間ではない。今でこそ、被食(食べられる)側という恐怖心にとらわれて生活する者は少ないが、人間に襲いかかる肉食動物や、生命活動をおびやかす危険生物は地上に数え切れないほど存在していた。
色々と考えすぎて頭がもやもやしてきたところで、水の流れる音が聞こえてきた。川が近いのだろう。ノネコは亮介の衣服の裾をツンツンと引っぱり、先をゆくハイロにも聞こえる調子の声で、こう言った。
「水の精霊について、こんな話が伝わっているのを思いだしたよ。……ずっと昔、人間と恋に落ちて、結ばれ、それから精霊は子を産み、現世に精魂をあたえられ、恋人と運命をともにしたという。半分人間の血を引く精霊の子ならば、本来、見えないものが見えたり、凶暴な半獣属を飼いならすことも、容易いのかもしれないね」
★つづく
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