異世界で８歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ？

第２部

第35話

　変温動物は、寒い環境が苦手である。したがって、気温が極端に低くなると、代謝がにぶり、正常な生活活動ができず、休眠状態になる。いわゆる冬眠する。夏場も外温によって体調や生息環境に影響が出やすいが、繁殖期や産卵期は、一定の周期をめぐってやってくる。

　今まさに、灰色大熊ハイイロオオクマの雄オスは発情期となり、交尾可能な雌メスとの出逢いを求め、森のあちこちに出没していた。


　大熊のハイロが、丸太小屋を留守にする回数と時間が増えていく理由のひとつは、繁殖期の雄は攻撃性が高まり、餌となる対象への執着が強くなるためである。先祖がえりをしたところで、半獣けものの本能には逆さからえない。子孫の繁栄を望む種族は、人間だけではない。動物界の哲学こそ、人間が立ち返るべき基礎にあふれている。


「キシシッ、おぬしの探しものは、コレ、、かのう」


　バサッバサッと、わざとらしく低空飛行しながらハイロに接近した大鳥オオトリの鴫シギは、くちばしに花蕾のついた木の枝を咥えていた。足をとめたハイロは枝を受けとり、ひとつだけ花蕾をむしって食べた。キミドリ色の種子には、身体の興奮作用をおちつかせる成分が含まれており、発情期の暴走を抑制する効果があった。にがくてしぶい味だが、奥歯で細かくすり潰して呑みこむことで、即効性も期待できる。

「キーシッシッ、礼にはおよばんよ。いつぞやの干し肉のお返しじゃ」

　大熊の生態をよく知る渡り鳥は笑みを浮かべると、北へ向かって飛んでいく。その方角に眉をひそめたハイロは、残りの花蕾を衣服の内側へしまい、帰路につく。地中にうごめく生物が、大熊の背後に迫ってくる。風上かざかみを歩くハイロは、ハッとしてふり向くが、そこにはいつもと変わらない景色がひろがっていた。こんどこそ、物音の正体を視野にとらえようとして耳をそばだてると、近くの茂しげみで肉食獣が獲物を捕食していた。血のにおいが鼻先をかすめ、にわかに昂揚こうようしたハイロは、速足はやあしで歩き、二十分ほどで丸太小屋へついた。


　ハイロさんへ
　みんなで池にいってきます
　リョウスケより


　テーブルに、亮介からの置き手紙がある。手に取らず目で内容を確認したハイロは、桶に水を汲むと、寝室の扉をあけた。ミュオンの寝顔を見つめたのち、掛け布団をめくり、衣服の前をひらく。ニッシュのタオルを水でしぼり、首筋から足の裏まで、丁寧に拭いていく。精霊は自ら分化して新たな個体へと生まれ変わるため、無性別と思われていたが、不純物を体外へ排出するさい、雌雄どちらかの器官は必要になるようだ。ミュオンは雄性である。

「触さわるぞ」

　ハイロは、ミュオンの両膝を立てると、ひとこと前置きをしてから股のあいだを清潔にした。精霊の肉体はすっかり元どおりに見えたが、日によって一部が透けていたり、背中の羽だけは消えたまま復活しなかった。ミュオンの衛生管理を担当するハイロは、ささやかな変化を見落とすまいと、念入りに肌の表面へ目を凝らし、手首に指を添え、脈を打つ間隔を調べた。

　因縁のある大熊ハイロに世話を焼かれる水の精霊ミュオンだが、いっこうに目を覚ます気配はなく、まるで、永遠の眠りについた美しい青年のようだった。

「……キスするぞ」

　脅迫しても返事はない。

「いっそ、おれと交尾してみるか」

　大熊は発情期まっ最中につき、冗談半分で口説くどいたが、ミュオンは無反応である。

「たのむ、起きてくれ。ミュオン・リヒテル・リノアース……」

　ハイロは、せつない感情を苦心しておさめると、衣服の衿をあわせ、掛け布団をもどした。


★つづく