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第2部
第32話
しおりを挟む亮介が異世界の森で暮らしはじめて、3ヵ月が経過した。日中は汗ばむ陽気となり、いよいよ夏本番の季節となったが、ミュオンが目を覚ます気配はなく、ハイロも家を留守にすることが多くなった。
「きょうは夕方までには帰る、……だってよ、リョースケ!」
庭の畑で雑草を抜く亮介は、ハイロの置き手紙を読みあげるキールに、「はーい」と返事をする。
(ハイロさん、いつもどこに行ってるのかなぁ。けっこう頻繁にいなくなるよね……。もしかして、ミュオンさんが目を覚ます方法をひとりで探してるのかも……)
首にかけたニッシュのタオルで額の汗を拭くと、寝室の窓へ目を留めた。庭先で倒れて以来、ミュオンは眠りつづけている。見た目の変化はなく、呼吸も安定しているため、ノネコいわく、自然に目覚めるのを待つしかないらしい。いっぽうハイロは、物覚えが目ざましく、亮介から文字を習得すると、出かけるさいは置き手紙を残すようになった。とはいえ、向かった先や、目的は記されていないため、どこでなにをしているのか、まったくの不明である。
(ま、まさか、僕たちには言えないようなことをやってたりして……)
仮にも、いや、正式には、灰色大熊は肉食獣である。亮介たちの前では植物性由来の食事をとるが、こっそり小動物を襲って栄養を補充しているのではないかと、あらぬ場面を想像した亮介は、ブンブンッと、頭を左右にふった。
(そんなはずない。ハイロさんは、無口で無表情で無愛想だけど、残酷な半獣じゃないもの。むしろ、すっごくやさしいもん! だってほら、僕のために、丸太小屋をこんなに整備してくれたし、この畑だって、もともとハイロさんが耕してくれたものだし……!)
なにやら鼻息が荒くなる亮介に、キールが「?」と首をかしげる。そのとき、ハイロがつくった囲いをピョーンッと飛びこえ、ノネコがあらわれた。しかも、野ネズミの死骸を咥えている。せっかく捕食シーンを脳内から消し去ろうと努力していた亮介は、衝撃を受けた。
(う、嘘でしょー!!)
さすがに、目の前でモグモグされては耐えられそうにない亮介は、作業を中断して裏庭へ脱兎のごとく退散した。その背中を呆れ顔で見送るキールは、ノネコをふり向いた。
「おまえなぁ、リョースケはまだ子どもなンだぜ。そんなもの見せたら、泣いちまうだろ」
亮介の正体(知能)は16歳の高校生だが、打ち明けるタイミングがなく、いまだに誰にも話していなかった。ミュオンやハイロだけでなく、キールやノネコも、見たとおりの幼子だと思っているはずだ。
「驚かせてしまったかな。この子(野ネズミ)は、食事が目的ではないのだけれど」
「食わないなら、なんで捕まえたンだよ」
「よく見てご覧。この子の脇腹の牙痕は、大蛇のしわざだと思わないかい」
黒蛇は餌に噛みついたりしない。ノネコの指摘は的を外している。そう思ったキールだが、確かに、内側を深くえぐるような形状は、野ネズミに致命傷をあたえた。
「う~ん、似たような牙をもつ肉食動物は、ほかにもいるしなぁ。ひとえに、これが大蛇のしわざかどうか、はっきりしねぇンじゃねーの?」
「そうではなく、もっとよく見て。牙痕のまわりにムラサキ色の液体がついているだろう。これは、大蛇だけがもつ毒液ではないかな」
ノネコに言われ、キールは目を凝らした。野ネズミの死因は、毒による意識障害と呼吸不全のようだ。つまり、黒蛇とは異なる個体が、丸太小屋付近に出現したことになる。
★つづく
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