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幕開け
第15話
しおりを挟む水浴びをする亮介とキールを、遠くから見おろす半獣属がいた。ハイロさえ気に留めなかった、渡り鳥の鴫である。
数千キロという長距離を、数日間休まず飛びつづけることができ、食性は動物食が強めで、単独で生活するのが基本だが、10頭前後の群れを形成することもあった。湿地や草原に生息し、全長25センチ(開翼時は約43センチ)ほどで、全体的に黒や茶が混ざった羽毛をしている。
鴫は上空から低飛行し、バサッと地面に降り立つと、ハイロの近くまでトントンッと跳ねてきた。
「大鳥か」
「うむ。さても久しや、大熊よ。しばらく見ぬうちに人間の子の介在を赦すとは、何事かね」
「おれの意志ではない」
「ふむ。まったく以ってそのとおり。おぬしは、この森の王獣なり。人間ごとき分際に、好き勝手されては不本意じゃろう」
大熊と大鳥は、キールと水をかけあう亮介の無邪気な姿をながめ、淡々と会話した。
「……あの者は無自覚のようじゃが、人ならざる精気を宿しているのう。とくべつな加護を受けておるわい」
シギは確信した。ハイロはその瞬間に立ち会い、理由を承知していると。結果的に、本人の意志とは関係なく、巻きこまれるかたちで、人間の子どもと係ることになった。むろん、弱者を見捨てるほど、王獣は無慈悲ではないと心得ている。
「名は、なんと申すのじゃ」
シギは、ハイロに訊く。
「リョウスケだ」
ハイロは、即答した。
「ふむ。……人間は、どこを見てもうまそうじゃ。まして、幼子の血は至高の産物である。……ちょいとばかり、腹部の肉をついばみたいのう」
亮介の味見をしたがるシギは、くちばしをカチカチ鳴らした。かたわらのハイロは、敏感に応じる。
「リョウスケに敵愾心などない。神と霊は互性、人間と半獣もだ。自然の摂理として生じる欲望ならば、己に克つことで鎮めておけ」
遠まわしに「手だし無用」と牽制されたシギは、「キシシッ」と喉をふるわせた。事実、半獣属は人間を襲って食べることもある。多くの渡り鳥は気随な性格につき、周囲の意見など無視して、亮介の脇腹をついばみたいシギだが、この場はおとなしく退散した。バサッと開翼し、飛翔する。南の方角へ飛んでいくシギを見送ったハイロは、微かに眉をひそめた。
亮介には精霊の加護がある。
ミュオンが放出した霊力の影響は、少なからずハイロも受けていたが(自覚あり)、亮介の場合、直接(体内に)取りいれたことで、ミュオン自身も大量の精気を消失する結果をまねいた。異世界に転移した直後、亮介は黒蛇に呑まれたが、精霊の口づけによって蘇生した。いちど死を覚悟した亮介は、ミュオンとハイロに救出された記憶が一部ぬけ落ちていたが、大きなショックを受けたことによる健忘は神経症の一種につき、あるていど時間や月日が経過すると、ふと思いだせるため、深刻に悩む必要はない。
亮介は、ミュオンとハイロが命の恩人だと勘違いしていたが、やがて精霊と半獣属にとって、亮介こそが救世主にふさわしい存在となる。
沈黙は神秘、覚醒は栄光。
緑の山野を悠々と飛行する鴫は、森の未来を何気なく歌う。はるかな大地にやってきた人間は、種族をこえて、かしこくも手をとり、幸福の花を咲かせるのか、と。
大鳥が飛び去ったあと、池からあがった亮介は、泳ぎ方をめぐりキールと口論に至ル。
★つづく
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