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幕開け
第13話
しおりを挟むいつもは、かならず道具を持ってあらわれるハイロだが、その日は手ぶらでやってきた。門扉の前で待機していた亮介の姿を見つけるなり、おもむろに歩み寄り、細い首筋へ鼻を近づけた。
「わっ、なに?」
クンクンと、においを嗅ぐハイロの体毛が頬に触れた瞬間、緊張のあまり硬直した亮介は、内心(ひぇ~っ)と叫んだ。
(ハ、ハイロさんの顔がこんな近くに……! うわわっ、ちょっとこわいかも……!?)
後ずさりしようにも、うまく足が動かせない亮介は、ハイロの黒い瞳の中に映りこむ[もうひとりの自分]と目があった。8歳の亮介は、ぷにっとした丸い顔をしている。
現在、[森の王獣]と呼ばれる大熊は、ふさふさとした濃い灰色の体毛に、太い手足(指は人間と同じく5本ずつあり)、筋肉質な胴体をしているが、走るスピードは速く、冬になれば体温維持のため換毛する。大熊は特徴的な犬歯を見せて威嚇をしたり、獲物を捕らえたりするが、肉食動物に属していながら、植物質のものを好んで食べる。硬い木の実も、奥歯ですり潰すことができた。繁殖期になると雄は行動範囲をひろげ、複数の雌と交尾をする。いわゆる、一夫多妻制が常識の哺乳類だ。
(だ、誰か、早くきてぇ! ミュオンさん、キール~、なにしてるの~っ!)
きょうのハイロは積極的である。相手の迫力に気圧された亮介は、額に冷や汗が浮かんだ。ようやく、外のようすに気がついたミュオンが、ピューンッと、一直線に飛んでくる。少し遅れ、キールも駆けつけた。
『そこまでです! リョウスケくんから離れなさい、この、ムッツリ大熊!』
「なんだ、なんだ? あっ、ハイロのおっさんじゃん。きてたのか」
精霊とイタチが合流し、肩の力が抜けた亮介は足もとがふらついた。ハイロがつくった庭の柵に手をつき、なんとか転ばずにすむ。
(び、びっくりしたぁ。今の、なにぃ?)
極端にドキドキと高鳴る心音が、鼓膜を刺激する。亮介は深呼吸をくり返し、なんとか平静を取りもどした。
『まったく、あなたという半獣は、油断も隙もありませんね!』
細い腕を交互に突きだすミュオンだが、指先まで半透明につき、ハイロを力づくで退けることは不可能である。むろん、霊力さえもどれば、精霊として本来の神通力を発揮することは可能だ。亮介とは異なる意味で、思うように自分の身体が役に立たない現状は、歯がゆくもあった。
『肝に銘じなさい。わたしが本気をだせば、あなたなど、たやすく追放できるのですよ』
「知ってるさ。見ていたからな」
『……では、ほんじつのご用件をうかがいましょう』
亮介をめぐり火花を散らすふたりは、同時に原因の少年を見おろした。
「な、なに?」と、たじろぐ亮介。
「行くぞ」と、ハイロ。
「どっか行くのか」と、キール。
『お散歩でしたら、わたしは留守番していますので結構です。みなさんで、気をつけてどうぞ……』
ミュオンは、キールに亮介の身辺警護をまかせ、丸太小屋へ引き返していく。一刻も早く体調を万全な状態にととのえたいミュオンは、亮介が身をおく生活空間で安静にしているだけでも、少しずつ精気は養えた。
「ミュオンのやつ、なんであんなに具合が悪そうなンだ」
詳しい事情を知らないキールが、ボソッとつぶやいた。亮介は「僕のせい」と言いかけたが、ハイロが先に口をはさんだ。
「ふたりとも、ついてこい」
言うなり、背を向けて歩きだす。亮介とキールは顔を見合わせ、うしろ姿を追いかけた。ハイロは森のなかを迷わず進み、亮介たちを水たまり場へ案内した。
★つづく
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