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幕開け
第8話
しおりを挟むミュオンとハイロは、8歳児の見た目に庇護欲が掻き立てられたのか、あるいは、危険性はないと判断したのか、人間の亮介を見ても嫌悪することはなかった。異世界にきて3日目、あからさまに敵視する半獣と対面した亮介は涙腺が崩壊し、号泣してしまった。
「うえぇ……っ、お願い、イタチさん……。僕を、追いださないでぇ……」
「な、なんだよ、そんなに泣くやつがあるか! お、おおげさだな……。だいいち、おいらは、おまえのために、ここまでニッシュの樹皮を運ばされたンだぞ? 遠くて歩き疲れたし、対価を要求する!」
「た、たいか……?」
話の本筋がズレたような気もするが、いつまでも亮介に泣かれてはイタチも迷惑につき、労働にたいする賃金を請求した。しかし、相手は異世界にきて間もないため、無一文である。亮介は涙をぬぐい、どうするべきか悩んだ末、「そうだ!」といって、丸太小屋へ引き返した。編みカゴから学ランを取りだすと、釦をひとつちぎった。
「へえ、なかなか、立派なねぐらじゃねーか。……あんな子どもが、ひとりで建てたのか? そんなわけないよなぁ、ミュオンはスケスケだし。全部、あっちの大熊が?」
『骨組みはもとからありましたよ。あのムッツリ大熊は、リョウスケくんが快適に過ごせるよう、手直しをしているだけです』
玄関の前で丸太小屋を見あげるイタチに、かたわらのミュオンが素っ気なく応じる。ハイロは近くの切株に腰をかけ、持参した干し肉をかじっていた。丸太小屋から出てきた亮介は、イタチに向かって、
「これをあげる」
と、学ランの釦を差しだした。イタチは警戒しつつ小さな手のひらをのぞきこみ、じっくり品定めした。
「ふうん、キラキラして、きれいだな。この穴に紐をとおせば、首飾りになりそうだけど……」
「それなら、ちょっと待ってて!」
亮介はベッドの藁をごそごそとあさり、釦の穴にとおしたあと、イタチの細い首にかけてあげた。
「わ、いいね、似合ってる!」
「そ、そうか?」
胸もとにキラリと光るアクセサリーに進化した金色のメッキ釦は、亮介にとって大切なものであったが、それくらいしか差しだせる対価が思いつかなかった。さいわい、イタチは気に入ったらしく、ミュオンに「どうだ?」と意見を求めている。
『とてもお似合いですよ。よかったですね、ふっふっふ』
と、笑顔で答えるミュオンは、自分の口もとに指を添え、亮介に向かってなにか合図した。亮介は首をかしげたが、すぐにピンときて、イタチに〈キール〉と名付けた。
「おいおい、このおいらに、名前をつける気かよ」
「う、うん、だめかな。キールはね、輝くって意味なんだよ。なにかの本に、そう書いてあったんだ」
イタチは「フンッ」といってそっぽを向いてしまうが、その横顔は、まんざらでもなさそうだ。その他大勢ではなく、とくべつに名前をもったイタチは、ミュオンから『丸太小屋で暮らしてほしい』とたのまれた。
「おいらが、リョースケと?」
『これは、身軽で勇猛なキールくんに、うってつけの役割なのです。リョウスケくんの安全を見まもりながら、われらといっしょに、楽しく生きようではありませんか!』
両腕をひろげ、明るい表情で主張するミュオンだが、ボサボサの毛先が気になるイタチは、人間の行動を見張るついでに、この場にとどまることを了承した。
「ホントに? 僕、ここにいてもいいの?」
「ただし、変な動きを見せたら容赦なく噛みつくぞ!」
ひとまず存在を受け入れてもらえた亮介は、むやみな緊張感から解放され、ホッと安堵した。
★つづく
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