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幕開け
第5話
しおりを挟むニッシュ(造語です)の樹皮は、そのまま衣類として織ることができ、麻のような肌ざわりをしている。天然繊維だが、生木数が少ないため量産品の材料として利用するには不向きだった。ニッシュの内樹皮は生木の成長を担っていたが、最外層ならば剥がしても枯れることはない。
イタチ(ミュオンが道中で見つけた半獣)は、適当な大きさにバリバリ剥がすと、クルクル細長く丸め、亮介のもとまで運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハイロさん、お昼になるよ。なにか食べようよ」
「……そうだな」
森のなかに時刻を示すものはないが、太陽の位置と空腹具合で、だいたいの予想はついた。丸太小屋のまわりに囲いをつくる亮介と大熊は、いったん作業を中断し、湧水が地表に流れる斜面へ向かい、手を洗った。豊かな自然によって涸れることのない湧水は、動物たちの生活を支えるだけでなく、亮介の大事な飲料水にもなっている。木製のコップで湧水をすくい、喉を潤した。ハイロは四つ足姿勢になると、首をのばし、直接口をつけて飲んだ。
(わあ、すごく野生動物っぽい! しゃべらなければ、動物園の熊さんにしか見えないよ。ハイロさんに抱きついたら、もふもふしてそうだなぁ。……それにしても、半獣って、どんな進化を遂げたら人間のことばを使えるようになったんだろう。ミュオンさんもハイロさんも、日本語なのはありがたいけど、なんだか夢みたいだ……)
精霊や半獣がいる世界とはいえ、会話に不自由しないため、現在地は地球のどこかではないかとさえ思えた亮介は、自分の前髪を1本抜いてみた。プチッ。
(い、痛い。やっぱり夢じゃない。……あっ、カタツムリ発見!)
小さな殻をもつカタツムリが、足もとをゆっくり移動していた。基本的には夜行性なので、明るい時間は木陰や葉に隠れている。ちなみに、カタツムリは冬眠や夏眠をするし、春から梅雨にかけては日中でも活発に動きまわる。また、雌雄同体につき2個体が交尾した場合、両方とも産卵する。寿命は3年から5年ていどで個体差があり、気候変動の影響を受けやすく、減少傾向にあった。
「カタツムリさん、こんにちは。どこへ行くの?」
膝を曲げて目線を低くし、当たり前のように話しかける亮介だが、「そいつはしゃべらんぞ」とハイロに指摘された。
「えっ、そうなの?」
すべての生きものと意思疎通できる世界だと勘違いしていた亮介は、カァッと、赤面した。
(うわっ、チョー恥ずかしい。だって、みんなしゃべれるのかと思ったよ……。ここは、そういうメルヘンな世界じゃないの?)
昔から人見知りをするタイプの亮介は、人型をとる水の精霊にたいしては気後れしやすいが、半獣相手だと親しみを感じることができた。生きものが好きで、小学生のときは飼育委員に立候補し、ウサギやジュウシマツの世話を2年ほど担当した。
『リョウスケくん、ただいまもどりましたー!』
と、ひときわ高い声が周辺に響き渡り、亮介とハイロは同時にふり向いてミュオンの姿を確認した。
「今までどこ行ってたの。あれ? 髪の毛、切ったんだ」
精霊の髪は、今朝より短くなっている。さらに、透けて見える足もとには、胴長で丸顔の小動物が[ちょこん]と佇んでいた。
(な、なにあの子、かわいい。フェレットみたい!)
イタチはその見た目からかわいらしい印象を受けるが、気性は荒く攻撃的な哺乳類である。うかつに手をだせば、引っ掻かれたり、噛みつかれる可能性があった。
★つづく
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