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幕開け
第4話
しおりを挟む『さあ、この植物をリョウスケくんのもとまで届けるのです。あなたは、水の精霊王になる男、ミュオン・リヒテル・リノアースの荷物持ちに選ばれた、名誉ある鼬なのです!』
「いきなりなに言ってンだ、このスケスケおばけ……。うわっ、こ、こっち寄るなーっ!」
ミュオンのお願い(上から目線)を無視して走りだしたのは、体長30センチくらいの、ネコ目イヌ亜目クマ下目イタチ科イタチ属(長い)で雑食性の半獣である。赤褐色の毛並みは艶があり、高価な書道筆としても使われている。
『なぜ逃げるのですか。体力を消耗するだけですよ……、ゼェハァッ!』
猛ダッシュで跳ぶように走るイタチだが、ミュオンの息づかいが弱まると、ピタッと停止した。
「お、おい、どうした。おばけのくせに、なんでそんなに苦しげなンだよ」
『……わたしは、おばけではありません。……ですが、死にかけているのは事実です』
「水の精霊王になる男だろ。なら、しっかりしろよ」
『ありがとうございます……。少し休めば、だいじょうぶです……』
とっさにミュオンが口走ったデタラメを信じて励ますイタチは、生意気な性格をしていたが、実は、世話焼きの一面をもっている。異種族とはいえ、ミュオンがうつむいてしまうと、放っておかれなくなった。
『ハァハァ、わたしは、こんなところで倒れるわけには……、ゴフォッ!』
「今にも血を吐きそうだけど!?」
イタチのツッコミをよそに、なにやら意を決したミュオンは、首をふって長い髪を浮かびあがらせると、バクッと、思いきりかじりついた。
「しょ、正気か? 髪なんか食ったら消化に悪いぞ!」
なかなか衝撃的な絵面だが、イタチはミュオンの具合を危惧した。前足をバタつかせて注意を引こうとするが、ミュオンは腰のあたりまで髪を食べてしまった。噛みちぎった毛先がボサボサになり、せっかくの美形が台無しである。しかし、自らの一部を経口摂取したことにより、呼吸は安定してきた。
『見苦しい真似をしましたが、これでしばらく現状維持できます。さあ、あなたはわたしの指示にしたがってください。あちらで見つけた植物が必要なのですが、このとおり、わたしはスケスケおばけにつき、運ぶことができないのです。どうかご協力を』
ミュオンの表情は明るいが、ズキッと鈍い痛みを心臓に感じたイタチは、「ちぇっ」と舌打ちした。しぶしぶといった足取りで、ミュオンといっしょに植物のところまで引き返す。4枚の羽をひらひらと交互に動かして移動する精霊は、以前のように空を高く飛べなくなっている。異世界へ迷いこんだ亮介の第一発見者であり、そのさい、霊力の大半を使いきってしまった。
「なあ、ミュオン」
イタチはペタペタと二本足でバランスよく歩きながら、精霊の名前を呼び捨てた。ミュオンは『なんでしょう』と、気さくに返事をする。イタチは、少し考えてから質問した。
「最初に言ってた〈リョースケ〉ってやつ、精霊の仲間なのか」
『いいえ、ちがいます。リョウスケくんは、寝顔が天使な人間ですよ♪』
「に、人間? なんで自然界に人間がいるのさ。見つけたら無条件で追いだすべきだ。人間なんて、おいらたちの敵だし、まさか、密猟者とか……」
『ふふふ、このままわたしといっしょに来ていただければ、どのような人物か、わかりますよ(そして、あなたを二度と帰しません。今後とも、リョウスケくんのために力を尽くしていただきます!)』
笑顔の裏でなにやら悪だくみするミュオンに、イタチは散々ふりまわされるハメになる──。
★つづく
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